軌跡の右目
軌跡はヴァンクールとサギリの背中を見守った後に不意にアシェルの髪をグンッと引っ張った。
「んあっ!いてえよ。」
アシェルは後ろに首をひきつらせた。
「何だよ!」
アシェルはくるりと後ろを向いて、同じ目線に珍しく真面目な顔でたっている軌跡を睨み付ける。
軌跡はアシェルと目があった瞬間真面目な顔から、いつもの軽い表情に戻ると
「ノロマ!
早く行くぞ。」
軌跡はアシェルににっこり笑いかけて、アシェルの前方をゆっくりと歩き出した。
ーーーー
正直、アシェルには軌跡が何をしようとしているのかわからなかった。
アシェルはサラバがだいたいどんな人物かはわかっているが、軌跡はサラバのことは知っているのだろうか。
(まぁ、俺は捕らえられるかも。っていう慎重な姿勢はいいと思うけど…)
『軌跡も色々考えているんだと思うよ。』
ーーーー
「1人部屋でお願いします。」
軌跡は宿屋の受付でかわいらしい宿屋の女性に優しく話しかけていた。
「あれ、一人部屋でいいのか…?」
アシェルは泊まるには狭い…。と考えながら
「ダメだな、アシェルは。」
いつもより、優しい口調でアシェル肩に手をのせて、おまけに受付の女性に見えるように爽やかに白い歯を見せて笑った。
「では、ごゆっくり。」
その女性はというと、受付の机の上に置いてあるメモにいろいろ書き留めている。
つまり、軌跡の爽やかな姿は全く見ていなかったのだ。
そして軌跡はメモを押さえている女性の左手の薬指に光るものを見た。
…指輪だ。
(オー…、ジーザス…
俺としたことが、いつもの指輪チェックを忘れるとは…。)
部屋へ上がるとき、前を行く軌跡の背中が異様に寂しく見えた。
ーーーー
ガチャン。
「おい。
何すんだ?この部屋で…。」
アシェルは部屋の扉を閉めるなり、いきなり問いかける。
すると軌跡はドカッとベッドに腰かけて、
「ここから、ヴァンクールたちの様子をうかがいます。」
軌跡は、腰の帯の大きなリボン結びを少し緩めて眼帯に手をかけた。
「お前…」
眼帯を外すと、そこには傷などがあるわけではない。
軌跡は眼帯を外した右目を開くと同時に、いつも見ている茶色い左目を閉じた。
「っ?おい。」
軌跡は戸惑うアシェルの顔を全く見ずに、
「俺はいまはヴァンクールの視界を見ている。
いまは…エレベーターの中だな。」
アシェルはその言葉に目を丸くした。
「…、お前の力は。」
軌跡はアシェルの言葉に、先ほどまで開いていた右目を閉じ、左目を開けてスッと顔を上げた。
「自分の視界が見れない変わりに、他人の視界を見れる。
だから、こういった何もないところでしか発動出来ないんだ。」
軌跡はいつもとは違った口元だけの笑みを浮かべた。
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