※トリップ主人公
※知識あり
ちゅんちゅん、と鳥の声が聞こえる。
閉じていた目を開けて声の方へと顔を向ければ、障子がうっすらと明るくなっており夜が明けたのだと知った。
「…また今日も寝られなかった」
はぁぁ、と深い溜息を吐いて起き上がる。我ながら幸せが全力で逃げ出す勢いだったなと思って、でも吐いた溜息を我慢しようとは思えなかった。
この『世界』に紛れ込んでしまって早一年。
自分が知っている筈の日本ではない此処は、所謂戦国時代と呼ばれていた場所で。
訂正、現時点においてはリアルタイムな話題になるので呼ばれている、が正しい。
そんな物騒極まりない時代に、自分はいつの間にか飛ばされていた。
新社会人としての一年目、高卒ではあったが無事に就職できた会社へと出勤していた時のことだ。
この曲がり角を曲がればいつもの駅、というところで、けれど曲がった先にあったのは一面の草原。草原?と首を傾げて後ろを見ても同じで、そよそよと感じる風は気持ちよく降り注ぐ日光も丁度良い。
一瞬何が起きたか分からないなりに現実逃避に走った頭はすぐに覚醒した。此処はどこだ。駅がない。
おろおろと慌てて周りを見渡していると、ねぇ、と声をかけられて勢いよく振り返った。
『君さ、どこからきたの?』
振り返った先に居たのは自分より随分と身長差のある子供。そして子供の筈なのに何故か逆らってはいけないと本能で悟ることが出来る程の眼力と雰囲気に固まってしまった。
『誰もいないと思ってたんだけどなぁ…見慣れない服だね、ていうか初めて見る』
『え…えっと』
『さ、もう一度聞くよ』
君、どこから来たの?
ゆっくりと、噛み締めるように紡がれた言葉に歯向かうなんて、あの時の俺には出来なかった。
どうやら俺は過去にタイムスリップをしてしまったらしい。いや、タイムスリップにしてはおかしいことが山のようにあるので、いっそ別の世界に飛ばされてしまったと考える方がいいかもしれない。
なんてったって、一番最初に出会った人間がゲームのキャラそっくりなのだ。
そっくりどころか同姓同名、加えて見た目といい口調といい、俺が向こうで遊んでいたキャラそのもので、しかもとても怖い。なのでここは過去というよりもゲームの世界なのだろう、と思う。自分で解釈した割に非現実的なのは承知だが、飛ばされてしまったのだから仕方ない。
初めて出会ったのが竹中半兵衛なんていう、ゲームでも歴史でも物凄く有名な人物でよかったかもしれない。
そのお蔭で、俺は今の所衣食住に困らずに無事生き続けることが出来ているのだから。
「あ、ナマエじゃん。奇遇ー」
「半兵衛」
寝不足の頭で若干ふらふらしながら与えられた部屋から出て、顔を洗おうと井戸に向かう途中で半兵衛と会った。
あちらも顔を洗いにきたのだろうかと思ったがそうではないらしい、というのはその表情を見て分かった。どうやら今日は『お休み』の日のようだ。
この半兵衛という男、ゲームでもちょくちょくサボっていたのは知っていたが、実際に見てみると思った以上にサボり癖があるのだ。
意地でも一緒に戦ってもらうぞーなんて台詞が官兵衛に用意されていただけはある。立場もなかなかに高いだけに口出しできる人間がいないのがまたそれを助長している。
表面上半兵衛の客人として扱われている俺は彼の友人という設定らしく、様付けや敬語は禁止されていた。ので、一応堂々と半兵衛を注意出来る貴重な人間なのだが。
「丁度良かった。さっ、ナマエも一緒に行こうか」
「またか…仕事は良いのか?」
「いいのいいの、なんてったって俺には強ぉい味方がいるからね!」
その強ぉい味方というのが官兵衛である。半兵衛の味方になっているけれど多分向こうは迷惑しているに違いない。勝手なことを言うな、と眉間に皺を寄せていそうだ。
そう言って半兵衛は俺の手を掴むとずんずんと歩き出す。表面上の立場であれば注意なり引き留めるなり出来るのだろうが、生憎それはあくまで『表面上』なだけなので俺が逆らえる筈もなく。
連れて行かれる場所はなんとなく予想がついたので何処に行くのかの不安はないが、それでもやはり罪悪感が残った。
脳裏に過ぎった男に胸の内で一言謝罪しておく。でも官兵衛、俺がこの人を止めるのはやっぱり無理だと思うんだ。
***
連れて行かれたのはとある一室。あまり人が寄り付かない場所なのだろう、部屋の半分が高そうな家具や巻物で埋まってしまっている。
半兵衛はそこに着くなり障子を全て開け放って、廊下と部屋の境目に腰を下ろすとそのまま寝転んでしまった。
「ナマエもおいでよ、こうやると凄く眺めがいいんだ」
頭を廊下側にして自分の腕を枕にして寝転ぶ半兵衛はそう言ってちょいちょいと此方を手で呼んだ。
いつもの仕草に言われるがまま近寄って隣に座り、けれど寝転びはせずに上を見上げる。確かに眺めは素晴らしい。屋敷の屋根と庭の木が上手い具合に視界を占めていて、それでいてメインである空を邪魔していない。
そうやって床に両手をついてぼけっと眺めていたのが悪かった。
体を支えていたその手をスパパンと綺麗に払われて、支えを無くした俺はなすすべなく後ろへと倒れてごつりと頭を打ってしまう。痛い。
「なっ何するんだ半兵衛…!」
「えー?あんな見方してると首痛めちゃうよ?」
「だからってこのやり方は…っ!」
「いやあ人に親切なことすると気分がいいよねっ」
駄目だ聞いてない。
あは、と無邪気な笑みで此方を見る半兵衛はひらひらと右手を揺らしている。恐らくその手が俺をこんな目に遭わせたのだろう。なんて酷い奴だ。
コブにはならない程度の痛みではあるが痛いものは痛い。半兵衛に背を向け両手で押さえて痛みを分散していれば、つんつん、と今度は背中をつつかれた。
「………。」
「あはは、ほんとナマエって学習しないよねー」
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