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きっかけは他人のアレコレ(1/2)


※トリップ主人公
※知識あり




 誰か助けてくれ、ともう何度目になるか分からない救いを、彼は頭の中で繰り返す。
 がたがたと時折聞こえる物音に交じって届く声に、俺が何をしたんだと叫んでしまいそうだ。

「(早く終われ早く終われ早く終われ…!)」

 部屋の隅で本棚と木箱の間に身を隠しながらただひたすらにそれだけを念じる。
 今の自分は人間ではなくただの置物だ。であるからして、すぐそこで行われているそれに動揺しているとかまさかそんな筈が。

「…っねぇ、もっとぉ…!」
「(うわああああああッ!!!)」

 無理だ無理無理やっぱり誰か助けてください!!!
 頭を抱えるようにして耳を押さえていた彼は出そうになった声を必死に噛み殺し、もう少し続くであろうこの空気に耐えようと改めて両手に力を込めた。



***



 事の発端はナマエが徐庶の手伝いに名乗り出たところから始まった。
 この世界に突然落ちてきてしまったナマエを助けてくれたのは徐庶だ。最初こそ怪しまれはしたが、常識を殆どと言っていいほど知らない彼を哀れに思ったのか、それとも別の何かがあったのか。ナマエを保護したのは自分だからと言って何かと世話をしてくれるようになった。
 無論、無双というゲームの世界に落ちてきたからといって頭の中身まで向こうに落としてきた訳でもなかったので、向こうの常識は持っていた。
 けれどそれだけで過ごしていくには色々と大変過ぎて、徐庶が手を貸してくれなければナマエは今頃どこかでのたれ死んでいたかもしれない。
 なので、徐庶が困っているならとナマエが率先して手伝うのはなんら不自然ではないし、徐庶も彼が自分に恩を感じているというのは知っていたから、そのやり取りが日常になるくらいには二人の仲は良かったと言える。

 いや、そう見えてなければ困るのだ。特にナマエにとっては。
 ナマエは徐庶に好意を寄せている。ライクではなくラブのほう。所謂恋愛感情込みの『好き』であり、そしてそれを自覚済みな上で、しかしその想いには蓋をし続けてきた。
 当然である。ナマエと徐庶は男同士で、しかも片方に至ってはこの世界の人間ではない。
 自分の気持ちを自覚してからというもの、『仲が良い』という周りの認識を超えないようにとナマエは日々努力しており、そして恐らく、それは徐庶にはバレていない筈だ。
 たとえそれが、手がぶつかった程度の接触で慌てていたり、部屋に二人きりになると嬉しいよりも恥ずかしさが先にきて何かしら理由をつけてその場から逃げていたり、その割には徐庶と会話するだけで自然と笑みが浮かんでいたりして、その都度徐庶が一喜一憂していたとしても、である。

 そんな彼が今日も今日とて徐庶の為にと手伝いを申し出て向かった先の書庫で事件は起こった。
 最近の徐庶はとても忙しく、ロクに家にも帰れていないらしい、というのはナマエも知っていた。
 有難いことにこの世界の文字の読み書きが出来たので、徐庶に勧められた仕事に就職してまだ日は浅い。
 向こうでいう事務職員的な仕事の中には徐庶の補佐というものも入っていたようで、ナマエはよく徐庶の執務室へと出入りしていた。
 なので徐庶が忙しければ自然とナマエも忙しくなる。いつもなら遠慮することの多い徐庶がナマエの手伝いを喜んでくれるくらいだ。助かるよ、とお礼の言葉と一緒に贈られた笑顔に相変わらず動揺しつつ、ナマエは此方こそ素敵な笑顔ごちそう様です!と意気揚々と資料のある書庫へと向かった。
 向かったのだが、どうにもこうにも、彼はそこで動けなくなっている。

 ナマエが蹲って動けなくなっている場所に比べると、部屋の出入り口に程近いところでそれは行われていた。
 所謂逢瀬というものである。
 男と女、密室、二人きり。そして恋人同士とくれば、その二人が次に何をするか簡単に想像できるというもので。

「(だからって今!此処で!しなくたっていいだろ…!!)」

 というか二人きりじゃないから、俺いるから!と地団太を踏んで主張したいところだが、状況が状況なだけにそれも出来ない。やれと言われても謹んで辞退する。
 そんなこんなでナマエは此処から動けずにいた。
 下手に動いて物音でも立てれば二人に見つかってしまう。立場だけで言えばむしろ情事に耽っている二人の方が危ういのだが、そこまでナマエが考えられる筈もない。
 自分は石だ。石像だ。なので邪魔しないから早く終わってください、なんてよくわからないことを繰り返しながら、彼はひたすら耐えていた。


 そうやって己に暗示をかけ続けてどれくらいの時間が経ったのだろう。
 漸く終わったのか二人はいそいそとこの書庫から出て行き、遠ざかる足音で立ち去ったのだと分かった。
 今度こそ誰もいなくなった部屋でナマエは詰めていた息を全て吐き出すかのように大きく息を吐く。

「…お、おわった…長かった……」

 はぁぁぁ、と息を吐きながら緊張した体を解すようにその場に座り込んで顔を上げれば、真上にあった窓から注がれる夕陽に脱力してしまう。
 此処にきた時は太陽はまだもう少し上にあった筈だ。それが今は傾いていて今日の終わりを静かに告げている。
 そのまましばらく橙色の光を顔に浴びていれば、ツンと鼻につく匂いに眉をしかめた。しかめて、すぐに何の匂いかを思い出してうわあああ、と。

「……ナマエ?」
「ぎゃああああッ!!」

 頭を抱えようとして降ってきた声に思わず悲鳴を上げた。

「えっ、え!?じ、徐庶!?」
「す、すまない、驚かせるつもりは…」

 勢いよく振り向けばそこにはあたふたと謝っている徐庶が立っていて、何でこんなところに、と首を傾げようとして思い出した。
 そうだ、自分は徐庶に頼まれてこの書庫に来ていたのだ。だというのに手伝いを放棄したかの如くこんなところで座り込んでいれば不審に思われても仕方がない。
 資料を片付けるだけならばまだいいが、ついでにとこの部屋にある別の資料を持ってきて欲しいと頼まれていたというのに、すっかり忘れていた。
 それもこれも全部あの二人のせいだ、と憤慨しようとして、同時にその二人が何をしていたのかも思い出してしまう。
 もっと言えば、未だに換気が出来ていないせいで部屋に充満する匂いがそれを助長してくれた。とてもじゃないが今徐庶と正面で話せる状態ではない。

「ごっごめん徐庶、すぐ戻るって言ってたのに遅くなって」
「…ああ、いや、それは別に、いいんだけど……」
「いやいやそんなわけないだろ!ええとこれだよな、ちょ、ちょっと量が多いから気を付けてくれ」

 先程の徐庶以上にあたふたと落ち着きのないナマエは動揺を悟られないようにとりあえず此処に来た理由であろう資料を渡す。
 元々目的のものは既に手に取ってはいたのだ。うっかり始まってしまったアレに彼が身動きが取れなくなってしまわなければ、今頃は徐庶の執務室で作業の続きをしていた筈である。
 頼んだ筈の資料がいつまでも届かないから不審に思ってここまで様子を見にきてくれたのだろう。そんな徐庶の優しさに感動しつつ、けれど今回に限ってはその優しさはいらなかったなぁとナマエは内心でがっくりと肩を落とした。





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