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全部わざと


※トリップ主人公
※知識あり
※主人公は眼鏡っ子




 埃っぽい部屋に篭り始めてどれくらいが経っただろうか。
 あまり人が寄り付かない此処は書庫と呼ばれていただろう部屋で、長い間使われていなかったのかこんもりと埃が積もっている。
 歩けば足跡がくっきり残るくらいには埃まみれである。数か月とかそんなレベルじゃない、此処に部屋があることを忘れ去られていたんじゃないかと思う程だ。
 別に好きでこんな埃の山に埋もれている訳ではない。
 我らが諸葛亮先生に頼まれたのだ。此処にある全ての書簡を、少し離れた書庫にまで移動してくれ、と。
 頼まれた時はまさか此処まで量があるとは思わなかった。が、引き受けてしまったのは自分だし、そもそもあの諸葛亮に逆らえるなど出来る筈もなく。
 いつもの白い扇で口元を隠し、お願いしますよ、なんて言われてしまえば答えはイエス以外にありえない。断った瞬間に扇からビームを食らいそうだ。

「…これで終わり、かな」

 粗方書簡を運び終えて改めて部屋を見回すとその汚れ方が凄まじく、そのまま見なかった振りも出来なかったので結局掃除をしてしまった。
 残った書簡はあと二往復でもすればいい量しか残っていないし、この後に何か用がある訳でもない。ならばと袖を纏めて大掃除を始めてしまえば時間はあっという間に過ぎ、扉から差し込む光は僅かに橙色が混じって夕方を知らせていた。

「うわ、埃だらけだ。全然気付かなかった」

 その光を見ていれば視界に移り込む邪魔ものたち。
 目が悪いので眼鏡を着用しているのだが、こうやって掃除をする度に埃まみれになるのはどうにかならないものだろうか。
 袖を纏めていた紐を解き、汚れていない内側の袖布でガラスを拭く。眼鏡拭きは生憎手元にはないので仕方ない。
 一度うっかり眼鏡を尻に敷いて以来予備の大事さを痛感してからは常に予備を二つ持ち運ぶようになった。
 掛けている分を合わせれば三つになるが、予備を多めに持っていて助かったと心の底から思ったのはいつだっただろう。
 ある日突然無双の世界に飛ばされてしまい、紆余曲折あった末に今の立ち位置に身を置いているが、まさか未来から来ました、なんて言葉を裏付ける理由のひとつに眼鏡が挙げられるとは思ってもみなかった。それ以前に此処が過去といっていいのか分からないが。
 ビームやら虎戦車やら東南の風やら、眼鏡よりもすごいものが溢れている無双の世界でまさかの眼鏡。俺としては諸葛亮のビームや法正の布が気になって仕方ないが、相手が相手なだけに未だに聞けず仕舞いである。

「……ナマエ?」
「あ、徐庶」

 眼鏡を拭いていれば扉からひょっこりと人影が現れた。
 眼鏡をかけ直して見直せばそこには徐庶がいて、呆けたように口を開けて部屋を見渡している。もしかして掃除したのはまずかったのだろうか。

「あんなに散らかっていた部屋がこんなに…もしかしてナマエがやったのかい?」
「うん、ちょっと気になって。書簡移動させるついでにやったんだけど、駄目だったか?」
「い、いや、全然!凄いよ、俺なんかじゃとてもじゃないけど一日で終わりそうにない」
「そうだなぁ…徐庶は途中で書簡を読み始めてそうだもんな」
「う……」

 図星だったのか、目元を僅かに赤くして言葉を詰まらせる姿に思わず笑ってしまう。
 思えばこの世界に来て初めて会ったのが徐庶だった。
 文字通り落ちてきた俺の目の前には目を見開いて驚く徐庶がいて、当然俺もびっくりして固まっていたら先に動いたのは徐庶で。
 どうやら劉備に会いに行く途中だったらしく、八門金鎖のやつか?なんてうっかり呟いてしまったものだから物凄く警戒されてしまった。
 その道に精通していなければ分からない筈のものを、見たこともない風貌の人間がさも当然のように口にする。それがどれだけ不自然なのかは俺にも分かる。
 何者だ、劉備殿に仇なす者か、とか言われて刃物を突き付けられた時は驚いたなんてもんじゃない。
 直前まで俺は信号待ちをしていた筈で、信号が青になったから横断歩道へと足を踏み出したら何故かそこには地面がなく、ぎょっとする間もなく気が付いたら此処にいた。
 しかも目の前にはゲームのキャラが立っているというオマケつきだ。夢にしては状況がおかしい上に落ちた衝撃せいか体のあちこちが痛い。加えて首に突きつけられた刃物がどうやら当たっていたらしく、じくじくと滲むような痛みも追加されていた。
 瞬時に己の負けを認めてホールドアップしても許して貰えるどころか余計に怪しまれて万事休す、かと思いきや、どうしてか徐庶は刃物を首からどけてくれた。
 劉備殿が君のような人間に負ける筈がないか、なんて言われて、そもそもその劉備さんとやらに立ち向かう予定も無かったので必死に頷いて賛同したのは懐かしい。
 しかし俺が怪しいことには変わりなかったのでそのまま逃がしてくれるわけもなく、けれど此方としても何をどう説明すればいいのか分からない。
 一緒に落ちてきた自分の荷物を差し出しながら、自己紹介を挟みつつ気が付いたら此処にいて右も左も分からないけど多分未来から来ちゃった?的な?といった風にうんうん唸りながら出来る限り徐庶に話した。
 未来は未来だけど厳密には未来ではない。その時点での世界情勢といい目の前にいた徐庶の姿といい、いつかやったアクションゲームと酷似していて、それを考えるとこの世界の未来とは言い難い。
 どう説明したものかと頭を抱えていた姿を見て何を思ったのかは知らない。が、段々と徐庶の表情が困り始めてきて。訳ありなのかと聞いてきたからとりあえず頷けば、そうか、と何故か意味深に納得されてしまった。
 「君のことをとやかく言う筋合いは俺にはない」なんて言われて、その深刻な表情に今度はこっちが焦ったのを覚えている。今思い返すとあの時点での徐庶の身は追われていた筈だ。何故追われていたのかまでは忘れてしまったけれど、それ以上詮索してこなかったのは有難かった。
 それからなんだかんだあって徐庶と共に蜀に身を置いている。途中で魏に捕まるイベントがあったのを思い出して、必死に徐庶を説得した甲斐あって郭嘉に捕まることはなかった。あんなビリヤードのキューで殴られるのはごめんである。だがしかし、遠目で見た郭嘉は間違いなくイケメンだった。

「めがね、だったか……それがどうかしたのかい?」
「ん?ああ、掃除してたら埃まみれになっててさ。流石に気になって」
「…………。」
「…徐庶?」

 ある程度埃を拭って眼鏡をかけ直せば徐庶はじっと俺を見ていて、首を傾げたところで俺ではなく眼鏡を見ているのだと気付く。
 ガラスに度数を調整して薄くするだの曲面を無くすだのという加工技術はこの時代には当然ながら無いのだろう。目が悪い人は不便だっただろうなと思いつつ、しかしこのまま徐庶に眼鏡を観察されても時間が勿体ないので、徐庶には申し訳ないが扉へと向かう。
 出入り口に立っている徐庶の足元にはまだ移動していない書簡が積まれていて、これからあと二往復しなければならないのだ。
 この後何も予定がないからといってこれ以上時間をかける訳にもいかないだろうし、何より移動が終わったことを諸葛亮に報告しなければならない。
 この世界でも報・連・相が徹底しているのには地味に驚いた。相手が諸葛亮だからという理由が一番だろうが。

 書簡を運ぶ為の専用のお盆を持ち上げれば、目の前の徐庶はハッとした顔をしてもうひとつのお盆を持ってくれて。
 一度は断ったものの、いいから、とそのまま歩き出されてしまっては無下にも出来ず、悪いと思いつつも正直もう一度往復するのも億劫だったので非常に助かった。

「……なぁ、徐庶」
「?なんだい?」
「これ、そんなに気になるか?」
「えっ」

 両手が塞がっているので指でさすことは出来なかったけれど、徐庶はすぐに何を示しているのか分かったようだった。
 そりゃあこれだけ見つめていれば徐庶が何を見ているかなんてすぐに分かる。向こうでは眼鏡なんて特に珍しくもなんともなかっただけに、こうまで不思議そうにされると少しだけおかしかった。

「す、すまない。君を不快な気分にさせてしまった…」
「いや全然、ただそんなに気になるもんかなと思って。ただのガラスだぞ」
「ただの硝子だなんてとんでもない、孔明や士元だって驚いていたじゃないか」
「あー、うん、そうなんだけど」

 眼鏡がどれだけ珍しくともどんな仕組みなのかは分からないので教えられないし、あって当たり前のものだったからどうやって作られたのかなんて考えたこともない。
 今まで色々な人に聞かれたが全て首を振るしか出来なくて申し訳なくなったものだ。
 時間が経てばそういうものだと次第に聞かれることもなくなった。でも徐庶だけが時々こうやって興味津々といった風に食いついてくるのだ。いい加減飽きないのだろうか。
 向こうに戻れる当てが無い以上、今持っている予備の二つを合わせて三つ、それが無くなれば俺は不便な生活を強いられることになる。それは勘弁願いたい。
 なので、はいどうぞ調べてくださいと軽く渡すわけにもいかないから、貸してくれと言われても全て断ってきた。
 だが徐庶に限っては渡してやってもいいかもしれない。そもそも徐庶と会わなかったら此処の世界で生きて行けたかも分からない訳だし、こんなに興味深そうにきらきらとした目で見られるのはちょっとつらい。たとえ眼鏡を見ているのだとしても、見られている側からすればじっと見つめられているのと同じなので恥ずかしいのだ。
 この熱視線から逃れる為にはそれしかない気がする。今度予備を渡しておこう。

「…そのめがねが無かったら、何も見えなくなるのかい?」
「そこまでじゃないかな。でもこれを外したら徐庶の顔がぼんやりはするんじゃないかなぁ」
「そんなに?」
「そう、そんなに」

 自慢じゃないが俺は結構目が悪い。人ひとり入るか入らないかの距離を空けて並んで歩いている徐庶の顔ですら、眼鏡がなければ掠れてしまう。

「………じゃあ、」
「ん?」

 眼鏡を外した景色をどう説明したものか、と考え込んだところで、ふと視界に影が落ちる。
 なんだろうと顔を上げればすぐ近くに徐庶の顔があって、驚いて咄嗟に目を閉じてしまった。
 鼻の付け根に何かが当たったかと思えばかちゃりと音を立てて眼鏡が外れる感覚。次に目を開けた先にあった光景に、思わず息を飲んだ。
 徐庶が、俺の眼鏡を口に咥えて外していた。
 鼻に何か当たったと思ったあれはもしかして徐庶の口だったのか。というか眼鏡を口で外すってどういうことだ徐庶。手はどうした。そうだ書簡入りお盆を持ってて塞がってるのか、なら仕方ないな。

「(…いやいやいや、ないない、それはない)」

 動揺して何も言えずに固まっていれば、徐庶は自分が持っていた書簡の上に眼鏡を置いたようだった。
 そうして再度顔を此方へと寄せてくる。目と鼻の先ってこういうことか。まさか身を以て体験することになるとは思わなかったぞ徐庶。

「この距離だと、どう?俺の顔は見える?」
「……み…みえ、る」
「そうか、なら良かった」

 良かったってなんだ。俺は全然全くこれっぽっちも良くないぞ。
 間近で微笑まれてしまった俺は一体どうすればいいんだろう。この男は自分がイケメンだと自覚していないのか。してなさそうだ。だって徐庶だもんな。
 一部の思考が飛んでしまっているせいかまともに考えることが出来ない。とりあえず顔が近いのをどうにかしてほしい。何故かは分からないが顔が物凄く熱い、イケメンに迫られると同じ男でも照れるものなのだと初めて知った。まさか身を以て以下略。

「…じ、徐庶、その、ちょっと近い気が…」
「ああ、すまない」

 耐えられずに近いのだと訴えればすぐに身を引いてくれた。さっきと同じ距離になったことで徐庶の顔はぼやけ、そこで漸く息をつく。どうやらかなり緊張していたらしい。
 まだバクバクと心臓が煩いのが難点だが仕方ない。お盆を持つ手にはじんわりと汗をかいていて、気を抜けば落としてしまいそうだった。
 眼鏡を返してもらいたいが正直今は徐庶を正面から見る余裕はない。見えないのは不便だが今は逆にそのお蔭ではっきりと徐庶の姿を見ずに済んでいるのが不幸中の幸いだろうか。

「それ、徐庶に貸すよ。興味津々なのはいいけどあんまりかけるなよ、徐庶まで目が悪くなるぞ」
「え、でもそれだと君が困るんじゃ…」
「大丈夫だって、俺は予備を持ってるから」
「…けど…」
「いいからいいから」

 半ば押し付けるように言って歩き出す。改めて前を見れば景色全てがぼやけていて不安になるが、まぁ目的地までなら大丈夫だろう。
 後ろから徐庶もついてくる足音が聞こえる。あんなに気になっていた眼鏡を思う存分弄れるようになったというのにあまり嬉しそうじゃなかったような気がするが気のせいか。
 口に咥えて眼鏡を奪われるなんてことをされてしまった後だ、どちらにせよ暫くあの眼鏡は使えない。
 予備の眼鏡はどこにやったかな、と思い出していれば、後ろから徐庶の声が聞こえた。

「俺が気になってるのは眼鏡じゃなくて、眼鏡をかけている君が気になってるんだよ、ナマエ」
「…………は、」

 思わず振り返った徐庶の顔は相変わらずぼやけて見えない。なんとなく笑っているように思えるけれどそれだけだ。
 すぐに前を向いてしまったからそれ以上は分からない。ついでに言うと、何でこんなに顔が熱いのかも分からないままでいい気がする。

「…と、とにかく、その眼鏡はお前に貸すから。大事に使ってくれよ」
「分かった、ありがとう」

 その言葉を聞いて頭に浮かぶのは、ついさっき至近距離で拝むことになった徐庶の顔。
 ぶんぶんと頭を振ってもなかなか消えてくれず、どうやら脳裏に焼き付いてしまったようで、思い出さないようにすればするほど頭から離れない。
 そのせいで顔の熱は引かない上に相変わらず心臓は煩いしで、一体俺はどうしてしまったというのか。

「……あんなに真っ赤になって、可愛いなぁ、ナマエは」

 俺の後姿を楽しそうに眺めていた徐庶がそんなことを口にしていたなんて、自分のことでいっぱいいっぱいだった俺が気付ける訳がなかった。




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