[通常モード] [URL送信]
返事は72時間後(1/2)


※無双世界にトリップ主人公
※ゲーム知識有


 人には言えない悩み事というものは誰しも持っていると思う。
 たとえばコンプレックスだったり、誰にも言えない秘密だったり、人間関係についてだったり。
 相談するには憚られるような内容だったりと、これはもう十人十色と言っていい。
 もう十年以上前になるか。人生観がひっくり返るというか、今まで過ごしてきた生活が真っ新な更地になってしまうようなことが起きた。
 これに関しては既に諦めているからいいとして、今抱えている問題は別にある。


 既に見慣れてしまった天井。
 豪華絢爛、煌めく家具や装飾品の数々が並ぶ此処は勿論俺の部屋じゃない。
 一応我が家と呼べるものは持ってはいるがこの部屋と比べるまでもない質素なものだ。
 ベッドと机がある寝室、それ以外はほぼ倉庫と化している。個人的に集めた竹簡が積まれた棚がいくつも並んでいるだけの部屋はなんとなく図書館を彷彿とさせて、向こうにいた頃はよく通っていただけにほっと息を付ける場所でもあった。

 上質な絹が使われているであろうベッドはふかふかで、今まさに座っているさらりとした手触りのそれは幾らでも睡眠を貪れると思える程だ。
 今も一応は起き上がりはしたものの、ここから離れようという気持ちは欠片も浮かんでこない。
 豪華に見えるこの部屋は、しかし他の者と比べればまだ大人しいほうだと言う。
 そもそも此処にあるものは全て貰い物だと真顔で答えるのを見て、それが普通なのだと知った。
 だいぶ慣れたと思ってはいたがどうやら此方にはまだまだ知らない常識があるらしい。

「……ナマエ…?」
「ああ、悪い。起こしたか?」
「いえ……」

 隣でもぞりと動く塊。これこそが今自分が抱えている問題である。
 起きてから暫く座ったままの体勢でじっとしているつもりが努力もむなしく起こしてしまったようだ。
 むずがるように枕に懐いて二度寝するかと思えば目はぱちりと開き、次いでじろりと睨まれてしまった。いやこの男にしてみればただ見上げただけかもしれないが。

「どうしたんです、何か用事でも…?」
「用事?いや、何もない筈だが…」
「…なら何故起きてるんです」

 聞かれて、今日の予定を頭に描いていたら腕を取られた。
 いきなりだったのもあるし背凭れもないしで引っ張られるままに後ろに倒れる。途端に首に回る腕に、やれやれと息を吐いた。

「目が覚めたから起きてただけだ。別にどこにも行かないさ」
「どうだか。貴方は目を離すとすぐにいなくなる」
「俺は子供か」

 首の後ろにかかる息が少しくすぐったい。
 澄ました顔をしている癖に何処か甘えたがりのこの男は、時々こうやって過度とも言えるスキンシップを取ってきて。
 なまじ子供の頃から知っているだけに、なかなかどうして拒否することが出来ないでいる。

 俺がこの世界に来たのはまだ十代の頃だ。
 学校の帰り道、横断歩道を渡っている時に聞こえたのはクラクションの音。
 直後に凄まじい衝撃が全身に走り、ワンテンポ遅れてトラックに轢かれたのだと分かった。
 あ、死んだな。そう思った時には既に視界は暗転していて、次に目を覚ましたのは何故か木の上だった。
 枝に引っかかるようにぶら下がっていた体は少し動いただけで落下した。痛かった。あれは今思い出しても相当痛かった。
 幸い下はアスファルトではなく草地の上だったので一命は取り留めたものの、落下した場所に人がいるのは予想外だった。

『……だ、大丈夫か?』

 驚きで目を点にして此方を凝視しつつも声をかけてくれたのが、今まさに真後ろで人をぎゅうぎゅうと締め上げてくれている男だった。
 あの時はまだ十歳にも満たなかったと思う。正確な年齢を聞いていないから未だにこの男が何歳なのか分からないが。

 どうやら俺は法正の自宅の庭に落ちてきたらしい。
 最初は相当警戒されたものだったが、話していく内に無害だと分かってくれたのだろう。意味が分からないことを喋りこの世界のことを知らないという部分で記憶喪失の類だと判断された。
 家はどこだと聞かれて分からないと返せば、なら暫く此処に住めばいいと言ってくれて。それどころか怪我の手当てもしてくれた。
 あの時なんで世話をしてくれたんだと聞けば話し相手が欲しかったかららしい。
 たかがそんなことの為にと呆れたものだが、なるほど法正という男の性格と環境を考えると、たかが、では済まないものだったのかもしれない。

 それから十数年。
 まさか此処があの無双シリーズの世界だと知った時の驚きと言ったら、この法正が熱でもあるのかと額に手を当てて心配した程だった。

「(まぁ、確かに面影はあったけど)」

 似てるなーと思いはしたがその程度だ。法正の名前を知った時も「お、あのゲームと同じ名前か」ぐらいにしか思わなかった。
 死んだと思ったらゲームの世界に飛ばされました、だなんて、当事者でもなければ俺でも信じなかったに違いない。

「…あ、今日お前軍議があるから早めに起きるって言ってなかったか?」
「…そうですね…それが何か…?」
「いや何かって……ああでも流石に今起きるのは早すぎるか」

 窓から見える外は暗い。陽は一応昇り始めてはいるようだが、まだ半分も顔を出してない太陽を考えると使用人の人たちが起きる時間にすらなっていなさそうだ。
 でも今から二度寝という気分にもなれないし、完全に目も覚めてしまった。
 いっそ起きてしまおうかとも考えたがそれは後ろにいる男が許してくれそうもない。どうしたものか。

「…?法正?」

 聞こえる呼吸が深くなったので声をかければ、返事は返ってこない。
 どうしたんだろうと後ろを振り向けば思いのほか近くに法正の顔があって驚いた。
 というか。

「……寝てる…」

 すやすや、という擬音が似合わない表情で目を閉じていて、相変わらずだなあと笑ってしまう。
 ここ最近今日の軍議の為に使う資料を作るだとかでいつも以上に忙しそうにしていた。ちゃんと寝ろと注意してそっぽを向かれたのは記憶に新しい。
 漸く作業が一段落したらしい法正が次に何をしたかといえば、自宅で歴史のお勉強をし直していた俺を拉致するという訳の分からないことだった。
 なんだどうしたと聞いても返事はなく、既に時間も深夜にさしかかろうとしていたから格好も寝間着で情けないことこの上ない。
 劉備さんに与えられた法正の邸宅に引きずり込まれ何をされるかと思えばなんのことはない。そのまま寝室にまで連れていかれ抱き枕にされただけだった。
 何もこれが初めてではない。むしろ初めてではないから困っていた。

「寝てる時まで皺寄せて…つらくないのか、お前」

 顔だけ見れば何か難しいことを考えているだけに見える。
 が、法正にしてみればこれが普通で、そういえば小さい頃も似たような顔つきに不安になって、指でぐりぐりと眉間の皺を伸ばしていたものだ。

 意外だと思ったのが、この男、一度寝るとなかなか目を覚まさない。
 覚まさないというか起床までの時間がやけに長いのだ。
 時代が時代なだけにパッと目が覚めそうなイメージがあるが、全員が全員そうではないらしい。いや他の人間がどうなのかは知らないが。
 少なくとも法正に関してはそうだった。言い方は悪いが寝汚いというか。二度寝するのに躊躇いがないというか。
 一度その話を徐庶にしたら大層驚かれてしまった。
 あの法正殿が、と目を丸くしていたのを思い出す。やはり法正のイメージはそうらしい。

 さて、法正が二度寝してしまった以上俺はこの男が起きるまでの時間を潰さなければならない。
 竹簡を借りるか体を動かすか。そのどちらを選ぶにしても、この手をどかして貰わなければ始まらない訳で。
 外そうと試すも意外と力が込められているのかなかなか外れない。この男本当に寝ているのかと疑ってしまうくらいには強く、かといって無理矢理外そうとすれば起こしてしまいそうで力加減が難しい。
 というか、先に起き上がっていただけでこれだ。俺にはそもそも起きるという選択肢がないのかもしれない。

 ならばと起きるのをやめてぐるりと体を回転させる。
 法正と向かい合うように体を動かし、近すぎる顔は男の胸元に頭をずらすことで対応した。ついでに乱れていた服も直す。流石に眼前に男の胸筋が広がる光景は遠慮願いたい。

「おやすみ、法正」

 聞こえていないのは承知で声をかける。
 それに対して回された腕に力が込められたような気がしたのは、きっと気のせいだろう。





≪  ≫
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!