a bottomless swamp(沙英←夏目)
「いけない…忘れ物しちゃった…」
校庭の桜の花びらに身を包まれる季節。
帰宅するため校門から出ようとした直前に気づいた。
慌てて校舎へ引き返す。
今日は午後雨が降る予定だったので折り畳み傘を持参していた。
それを机の横に掛けたまま忘れてきてしまったのだ。
昇降口を抜け、階段を駆け上り、自分の教室へ入る。
真っ直ぐに自分の席へと向かうと、それはそのままの状態であった。
「はぁ、あぶない、あぶない」
折り畳み傘を鞄にしまい教室から出ると、ふと隣のA組が気になった。
「沙英いたりするかしら…」
思い浮かんだのは、片思いの相手。
スラッと縦に長い体つきと、綺麗な目の上に重ねられた眼鏡が頭によぎる。
「…って何考えてるのよ私!」
すぐに頭を横にぶんぶん振って、想像を振り払う。
「…み、見るくらいなら別にかまわないわよね…?」
足が勝手に教室に向かうことに、自分なりに強引な理由をつける。
そっと、淡い期待を胸に教室を覗く。
しかし、そこには望んでいた人以前に誰もいなかった。
「ま、まぁそんな都合よくいるわけないわよね…」
少し落ち込んだ自分に言い聞かせるように虚しい独り言を呟く。
帰ろうと振り向いたときだった。
「あれ、夏目じゃん」
「さっ、沙英!?」
「どうしたのこんな所で」
「わっ、私はただ忘れ物を取りに来ただけよ!あ、あなたこそどうしたのかしら!」
「え?私は委員会があっただけだよ」
私のいつも通りの素直になれない反応に、沙英は苦笑しながらも答えてくれた。
「今から帰り?」
「え?えぇ」
「それじゃ一緒に帰ろ?」
「えっ?」
「といっても校門までだけど…嫌?」
「…べっ、別に帰ってあげてもよくてよっ」
「そっか、じゃあ帰ろ」
まさかの展開に甘い期待で胸の鼓動が止まらない。
しかし同時に奥深く切なさがこみ上げてくる。
所詮、これは片思いなのだという事実。
考えるほどに胸が苦しくなって、つい言葉に出てしまう。
「…最近、ヒロさんとどうなのよ」
「え?」
「付き合ってるんでしょ、あなたたち」
「あ、うん、まぁ、ぼちぼちかな」
優しい笑顔で返答する沙英。
こんなに愛されているヒロさんが羨ましくて仕方がない。
自分の中に酷い嫉妬を覚えて、その小さな器に恥ずかしさをひしひしと感じる。
こんなの、ただの一人相撲。
「夏目は、そういう人、いないの?」
「…えぇ」
「そっか」
沙英に抱く想いを気づかれたくなくて、とっさに嘘を吐いた。
こんな私の想い、沙英が知ったら、誰にでも優しい彼女は困ってしまうに違いない。
そして、どうにかしてフォローするのだろう。
そんなの、考えただけで吐き気がする。
胸がずきずき痛んだ。
たわいない話をしながら校門の前までゆっくり歩いた。
学校の目の前のアパートに住んでいる彼女とはここでお別れだ。
「それじゃ、ここで」
「あ、うん」
沙英に軽く手を振る。
そうすると、沙英は私の上げた手を掴んで引き寄せた。
「きゃ…っ」
「髪に、何枚か花びらついてるよ」
「えっ…?」
急に縮まる距離。
その瞬間、沙英のいい匂いが鼻孔をくすぐり、顔に血液を集中させる。
「はい、取れた」
「あ、ありがとう…それじゃ…」
「…あ」
「な、何?」
「夏目の髪、いい匂いがするね」
「え…っ?」
訳が分からずパニック寸前の私の頭に沙英は顔を寄せた。
体中が一瞬でびきっと硬直する。
「…っ」
「あ、ごめんごめん」
私が動けないことに気がついて謝りながら離れるも、差ほど悪びれた様子も無い。
「徹夜明けで注意力欠けてるんだわ、今」
「そっ、そう…き、気をつけなさいよね!」
「うん、気をつけるよ」
本当にやめて欲しい。
私に変な期待をさせないで。
どうせ望みなんか無いくせに、無意識でも無責任な行動をとらないで。
そんな自分勝手なわがままを胸の中にぐちゃぐちゃと生み出す。
こんな私、歪みきっている。
「そ、それじゃあ」
「あ、うん。また明日ね」
「…えぇ」
笑顔で手を振る沙英。
この顔を見る度、未だこの人の虜のまま抜け出せないでいるのを納得してしまう自分がいる。
指し示された絶望的な事実を理解している自分もいれば、その中に甘い望みを掻き抱いてしまう自分もいる。
結局のところ、あの人という欲望の底無し沼に、自分は嵌って沈んでいるのだ。
自らの体がもがき、動かせなくなるほど、深く、深く。
end
あとがき
沙英をギャルゲーの主人公のようにしたかったSSです(何
沙英の無意識のうちの無神経な行動に弄ばれる乙女な夏目が好きで仕方がないww(ヤメロ
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