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あなたとわたしのなまえの話(いつつぼ)


「ねぇ、今日初めて呼んだね」
「え?」
「名前さ」



夜中、二人っきりのテラス。すっかり寝静まった辺りに聞こえるのは波音だけ。


暑くも冷たくもない風が頬を撫でた。





「い、いや、でしたか?」
「ううん、嬉しかったよ。とても」
「よかったです…っ」




今日いきなりえりかが「下の名前で呼び合おうよ!呼び捨てね!」と言い出した。
毎度のこと、えりかの突然の行動には驚かされるが、これは素直に嬉しかった。同じくらいに気恥ずかしかったけど。




「僕、名前を家族以外に呼び捨てにされるの初めてなんだ」
「そう、なんですか?」
「みんな会長、とか名字とか、下の名前でもさん付けとか」




周りからしてみれば、彼女は聡明で凛々しい高嶺の花だから呼び捨てなんてもってのほかだったのだろう。

彼女には新鮮すぎるのか、「いつき、かぁ…」と今日何回か呟いてる。

そして、それは私にも同じことで、呼び方ひとつでこんなにも距離が近くなるなんて思いもよらなかった。




「私も、嬉しいです」
「え?」
「名前呼んでくれたこと」




いつきの方へ体を向き直して、その綺麗で濁りのない瞳を真っ直ぐ見る。

いつきも同じように私を見た。




「前は隣にいてもちょっと距離を感じましたけど、呼び方を変えるだけで今はすごく近くに感じます」
「つぼみ…」
「今まで言えなかった分、もっと“いつき”って呼びたいです。いっぱい呼んで、もっと近くなりたいです」
「…そうだね、今まではこうして触れるのもままならなかったものね」




いつきはそっと私の手をとった。
優しくて柔らかくてくすぐったいその感覚に、少しびっくりして私は思わず体をびくっとさせてしまった。

その様子を見たいつきは苦笑いをして優しい眼差しを向ける。




「まだこの距離、慣れないね」
「す、すみません…」
「ううん、慣れないのは僕も同じ。だから呼んでよ」
「え…」
「名前、呼んだ分だけ距離が縮まるんだろう?」




先ほどの私の言葉へのいつきなりの答えなのだろうか。

夜だからよく見えないけど、いつきの頬がほんのり紅く染まっているようにも見える。




「呼んで」
「…いつき」
「もっと」
「いつき」
「もっと…」
「いつき…」




名前を呼ぶ度に握られた手に力が籠もって、いつの間にか指と指が絡めあっていた。


自分ばかりが呼ぶのもなんだか恥ずかしい。いつきにも呼んでもらいたい。




「いつき、も、私の名前呼んでください…っ」
「…つぼみ」
「…っ」




顔をぐいっと近づけられて、目の前で名前を囁かれた。
これ以上どう鼓動を落ち着けることができようか。


握っている手とは逆の空いていた手で体を引き寄せられた。

いつきの口が、私の耳元に近づく。




「…っ」
「やっと近づけた…つぼみ、どきどきしてるね」
「うぅっ、だって…」
「つぼみ」
「は、はい」
「呼んで、つぼみ」
「…いつき」




それから何回か呼び合った後、そっと体を離すと二人で照れくさそうに笑った。
そうしてまた海に目をやる。


片手は繋いだまま。


空を飛んだときに握ってもらったのと今のとで感触が違うのは、しっかりと指を絡めて繋いでいるせい。



その事実がくすぐったくて、それが気づかれないように、ごまかすように、夜空に浮かぶ月をただじっと見つめていた。




end




あとがき
ハトプリでいつつぼです(^-^)
マント回と合宿話でたぎったので書きましたwwwいちゅきが天然たらしすぎるwww

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