そんな、あなたに(沙英夏目) 休日の午後、ゆったりとした空気が私たちの周りを漂う。 背中に心地よい温もり。全身を包むその両手は私の目の前でぱらぱらと小説の頁を捲っていく。 彼女には何気ない行為なのかもしれないけど、私にとっては心臓の音が相手に聞こえてしまうのではないかと心配になるほど大きなこと。 恐る恐る頭を彼女の首もとに預けると、頬を擦り寄せられて、こそばゆい気持ちになる。 「夏目、どきどきしてる」 「うっ…沙英がそんなことするからよっ」 「そういうところが可愛くてしかたがないんだけどねー」 そう言って沙英は私の髪に口付けた。 ますますこそばゆい。 「さっ沙英こそ、本読んでばっかりで…」 「ん?寂しかった?」 「べっ、別に…っ」 「いや、夏目抱きしめながら本読むって最高に幸せかなって思ったら実行したくなってねー」 反則だ。 そんなことを言われたら、何も言い返せないじゃない。 沙英はそんな私を見て、ふふっと満足げに笑うと手にしていた小説を脇に置いて、空になった両手でぎゅっと私を抱きしめた。 「ごめんね、夏目」 「…ううん」 私も組んでいた両手を、沙英の両手重ねる。 直に感じる沙英の温度に、幸せを実感せずにはいられない。 「…夏目」 しばらくそうしていると、頭の上から沙英に呼ばれた。 体を少しよじって振り向くと額に沙英の唇が下りてきた。 それは額だけに止まらず、瞼、頬、耳もとに次々とキスの雨を降らせる。 そして十分にもったいぶってから、唇に下りる。 「んぅ…」 「…可愛い、夏目、可愛いね」 「…っ」 沙英は角度を変えて何度も何度も口付けると、今度は私の首に唇を這わせた。 いきなりのことでびっくりした私は、大きく体を跳ね上げた。 唇に触れられた部分がじわりと熱くなる。 「さっ、沙英…!」 「ごめんごめん、つい可愛かったから」 本日何度目かもわからない「可愛い」という単語に、学習能力が無いのか私はいちいち恥ずかしくなる。 しかし自分はこれほどまでに乙女であっただろうか。 きっとそれは沙英に会ってしまったからなのだろう。 あの忘れもしない入学式の日。 あれから全てが始まったと言っても過言ではない。 ひとりぼっちという不安に押しつぶされそうになったあの時、目の前に救いの手を差し伸べて現れた彼女は、とても輝いて見えた。 凛としつつも優しさを含んだその雰囲気に、一瞬で心を奪われた。 「ん?どうかした?」 「…思い出してたのよ、出会ったときのこと」 「出会ったときって…入学式?」 「うん、そう」 「夏目が下駄箱間違えちゃったんだよね」 「そうそう、それで沙英が教えてくれたの」 なんだか懐かしい気持ちになってえへへと笑うと、沙英は優しく私の髪を撫でてくれた。 「…そう考えると、なんだか運命的な関係なんだね、私たち」 「運命的?」 私を疑問符を浮かべていると、子供のようににこにこしながら沙英が答える。 「もしあの時、私が寝坊してなかったら、夏目の電車が遅れてなかったら、下駄箱を間違えていなかったら、私たちは出会えなかったんだよ」 「…うん」 「たくさんの偶然が重なりあって、今の私たちがあるんだよ、きっと」 沙英は目を細めて微笑む。 その瞳があまりにも綺麗で、私は吸い込まれそうになった。 「まぁ、今となってはこの関係が当たり前すぎて、偶然も必然に思えるけどね」 恥ずかしい言い回しをしがちなのは、その性格からなのか、はたまた小説家の性なのか。 多分、その両方なのだろう。 どちらにせよ罪な性格だ。 当の本人は私を抱えて褒めてと言わんばかりに満足げな表情を浮かべている。 「本、もういいの…?」 「ん?夏目がいれば、いいよ」 「…ばか」 照れ隠しで違う話題を振っても、返ってくるのは私を揺さぶる言葉ばかり。 沙英には一生勝てる気がしない。 真っ赤になってるであろう顔を隠すように、沙英の首に腕を回してそれをうずめた。 end あとがき たまには夏目が報われたっていいじゃない! らぶらぶ沙英夏目ばんざいっ\(^O^)/(笑 [*前へ][次へ#] [戻る] |