77話†『ふふ、戻ってこれなくなるのは自分なのにね』 「…………っ」 目が覚めてしまった。 外を見ると、すでに朝日が昇り、私に光を与えていた。 「………」 起きなきゃ。 ……なのに、身体を動かそうとしても…力が入らない。 まるで身体が否定しているかのように……。 『おはよう。今日は早いわね』 そんな私に気付いたのか、初めから見ていたのか……麻央が姿を現して私に微笑みかける。 私も返し、 「おはよう…。麻央、ずっとここに居たの?」 『ええ。…なんだか、自分の部屋に居ても落ち着かないから』 「そっ…か」 『それより、見て。すごく良い天気よ。…ふふ、空もアタシたちのことを応援しているのかもね』 麻央は冗談っぽく言って笑う。 その少し無邪気な雰囲気に、私は逆に落ち着かなかった。 『ほら起きて。遅刻はしない時間だけど、準備は早いに越したことはないわ』 麻央にほぼ強制的に起こされ、準備をする。 私があまり乗り気じゃないの、麻央は気付いているけど知らんぷりをしているみたい。 そうして準備を終わらせる。 今日も突然麻央が私の意識を奪うのかと、少し身構えていると、 『それじゃあ、学校まで一緒に行きましょうか』 「え……あ、うん」 そんな様子もなく、優しく笑った。 私は少し拍子抜けな表情で頷く。 そして二人で家を出、学校へと向かう。 『……ふふ、もしアタシが元気だったら、毎朝こうやって学校に行ってたのかしら』 「………」 『学校でも、アタシと澪を間違えたりして……』 今日の麻央はなんだかご機嫌だ。 どうして……やっぱり、皆に復讐できることが、嬉しいのかな…? 「ねぇ、麻央…」 『ん?』 「私に教えて…?その……どんな復讐、なのか…」 言って、麻央の表情を伺ってみた。 麻央の表情は笑みから変わらず、 『だめよ。言ったら、澪びっくりしちゃうもの』 「……え?」 『それに、氷帝のことが好きな澪に言うのはやっぱり……残酷、じゃない?』 「………」 まるで欲しい物を我慢させられた子供を慰めるような表情で、麻央は言った。 私はなんだかそれ以上聞いたらいけない気がして、何も言えなかった。 『…そろそろ学校ね。澪、覚悟はいい?』 「……私なら平気…」 麻央は意地悪だ。 だめって言っても……止めてくれないのに。 『………』 そんな私の表情を、麻央が無表情で見つめていたのを、私は知らなかった。 そして私たちは学校に足を踏み入れ、誰にも気付かれないように部室へと入った。 それと同時に、麻央は姿を消した。 「あら澪ちゃん。早いのね」 「……おはよう、恵理ちゃん」 一応あいさつはしてみたけど、やっぱり無視された。 ……今日が復讐の日、麻央が恵理ちゃんを呼び出した日だって知ってるのに…恵理ちゃんは余裕の表情。 そうだよね、どう考えても状況は恵理ちゃんが有利なんだもの。 「じゃあ早速ドリンク作って。そろそろレギュラーは走りに行っちゃうし…」 「ねぇ、恵理ちゃん、」 「なによ」 「その……今日の事、皆には言ってないよね?」 私は少し心配で聞いてみた。 皆に話されていたら、きっと麻央は怒る。 それを確認するために。 「……話すわけないでしょ。私が直々に、あなたを追い出してあげようって思ってるのに」 恵理ちゃんは愉快そうにくすりと笑った。 でも私はそれを聞いて安心した。 「そ、そうだよね…」 私はそう言って、ドリンクを作り始める。 慣れた作業。 例え恵理ちゃんのおかげってことになっても、ドリンクで皆のサポートができるなら嬉しい。 そう、今まで思ってきた。 ………沈黙の中、ドリンクを作る音だけが聞こえる。 外ではきっと景吾の号令がかかって、もう練習が始まったんだろうな。 恵理ちゃんも外を見て、様子を伺っている。 「……そろそろ外周が終わりそうね。ドリンクできた?」 「あ、うん……一応、」 「そう。じゃあ私渡してくるから。時間になるまで私戻って来ないから、部室の自分の荷物でも片付けてたら?」 もうここには戻ってこれなくなるかもしれないしね、と恵理ちゃんは嫌味っぽく笑って、ドリンクを持って行ってしまった。 残された私は、何も反論できず立ちつくした。 『ふふ、戻ってこれなくなるのは自分なのにね』 麻央は姿を見せ、くすくすと笑った。 「麻央……」 『…そんな心配そうな顔しなくても大丈夫よ。アタシの復讐に、抜かりはないわ』 自信ありげに囁く麻央。 私は…麻央の復讐が失敗するとは思っていない。 むしろ……麻央の思い通りになるとすら思っている。 こういうことは、じっくりと時間をかけて完成させようとするから。 『長くかかってごめんね…澪、もう少しだから』 麻央は私の頬に手を添えるようにして呟いた。 時計の針は、9時30分を刺していた―――― → |