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53話†……どうして何も言わないのよ










鳳side




俺は授業中、ずっと上の空で座っていた。
黒板を示して授業内容を詳しく教えている先生の話なんて全然聞いていない。
隣の子にも心配されたけど、笑顔で「大丈夫」と言った。
そこで俺は少し前、日吉に言われた言葉を思い出していた。





「……今はまだ、大っぴらに澪先輩を守らない方が良い」
「…澪先輩は、まだ不安定だ。人の心の移り変わりについていけない」






………。
日吉の言ってることは、よくわかる。
澪は本当に優しい人だから。
俺だって、友達だと思っている人に裏切られたら、次からは中々信じることができないと思う。
そのくらい、その人のことが大事だったから。
でも、俺だってこのままじゃいけないことは分かるんだ。
このままだと……このまま見ているだけだと、澪先輩は救えない。
日吉と跡部さんは、澪先輩を守っているけれど、……それだと、青木さんを止めることはできない。


「………」


もうそろそろ授業も終わる。
そうしたら次は部活だ。
またいつもみたいにギャラリーがコートに集まって、青木さんだけが仕事をしてるように思われて澪先輩が悪く言われてしまう。
そんなの嫌だ。
あんなに頑張っている人を俺は見捨てることはできない。
日吉が言ってくれたように直接澪先輩に関わったりしない。
でも、
………ごめんよ、日吉。
一度は澪先輩を裏切った俺が、こんなことを決めてしまって。







麻央side




……もう午後の授業も終わりかしら?
ずっと屋上にいるのも気分がいいわね。
アタシの事件から、屋上に近づく人なんていない。
テニス部以外ね。
そのテニス部ももうここには来ないし。
一日中一人で居られる。
考え事をするには最適ね。

そんなことを思っているとチャイムが鳴った。


「……終わったか…。それなら部活、行かなくちゃ」


ゆっくりと立ち上がると、軽い立ち眩みに襲われた。
ぐらぐらする頭を押さえて、フェンスにもたれる。


「っ……ふ、笑わせるわ…。こんなごく普通のことが、こんなに堪えるなんて…」


もうアタシには時間がないということなのだろうか。
早く……成仏≠チてのをしなくちゃいけないのか……。
それなら神様、もう少し待ってて。
澪を幸せにするまでは、アタシはそっちになんか還れないから。


「………」


立ち眩みが収まったところで、アタシは澪の中から意識を戻した。
アタシの体は透け、澪が床に倒れている。


『………部活には行きたがっていたから、そうしないと』


アタシが行っても、どんどん状況は悪くなるだけだから。
かと言って、ただ見ているのも気が引ける。
ああ……アタシは首を突っ込まないと収まらない性格だから。


『………久しぶりに、試合でも見てみようかな』


生前、アタシが初めて魅了されたスポーツ。
……うん、そうしよう。


『………澪、起きて』


ぐったりとしている澪に声をかける。
澪はその言葉に応えるように瞼を開かせた。


「う、ん…?………麻央、?」
『もう部活の時間よ』
「………」


しばらくぼーっとしていた澪だったけど、部活の時間と聞いて飛び起きた。


「えっもう!?嘘……だって、私……」
『体調が悪いのに無理をするからよ。授業中はアタシが入って、体調悪化を止めていたの』
「あ……そう、なんだ……ありがと」
『いいえ』


そう言って笑うと、澪は立ち上がった。


「……部活、行こ?」
『そうね…。それなら、一緒に下まで行きましょうか』
「うん」


そうしてアタシたちは久しぶりに並んで歩いた。
屋上から降りると、早速出た女生徒。


「あら、若松さんじゃない」


少し気の強そうな、複数の友達を連れたリーダー格そうな子。


「授業までおサボりとは、良い身分よね」
「いっそのこと学校休んじゃえば?」


くすくすと笑う女達。
ちら、と澪の横顔を見てみると、俯いていた。


『澪、何も言わないの?』


隣で声をかけてみるけど、それでも何も言わなかった。


「いくら青木さんが跡部様たちの幼馴染だからって、嫉妬するなんて醜いわ」
「それもそうよね。しかも腹いせにいじめなんて」
『あらあら、そういう貴方達のしていることも青木のしてることと同レベルなんだけどね』


結局は同士≠ェ居ないと何もできないバカ。
青木みたいに、人を騙すようでしか自分を守れない事と、同じよ。


「………」
「あら、何も言えないの?」
「もしかして、図星突いちゃったんじゃない〜?」


……どうして何も言わないのよ、澪。
こんな奴等、一発言ってやらないと。
また辛い思いをするのよ……?
何でそんなに、黙っていられるのよ。


『……いいわ。澪がやらないのなら、アタシが追い払うから』


そしてアタシは澪の隣から離れ、女共の後ろに回った。
そしてリーダーっぽい女の背中をつつーっと人差し指でなぞった。
直接触った感触はなくても、気配≠ヘ感じさせることはできる。
こういう単純そうな馬鹿なら、思い込みで触られたと思うだろう。


「ひっ!!ちょっと、誰よ今の!」
「え?何のこと?」
「誰か背中触ったでしょ!」
「だ、誰も触ってないけど、」


そしてその後ろの女の耳の付近で息を吐く。
その女も短く悲鳴をあげて耳を押さえた。


「っ……もういいわ、とにかく、これ以上テニス部に近寄らないでよね!」


女共は不気味がったのか、その場を離れて行った。


『………澪』
「……早く部活に行こっか。遅れたら怒られちゃう」


澪は小声で、アタシに向かって笑顔を向けた。
とても悲しそうな笑顔。
そんなんで誤魔化してるつもりかしら……。


『……どうして何も言わないの』
「………」


気づいたら言っていた。
澪の顔から笑顔が消える。


「………だって、あの子たちは悪くないもの」
『悪くない?……澪、貴女そこまでお人好しだったの?』
「……今、皆は勘違いしてるだけだから。すぐに、分かってくれるから……だから、」
『澪、あまり人を信じすぎないことよ。……人≠ヘ、とても残酷なものなんだから』
「………うん、分かってる」


澪は歩きだした。
その横に、アタシもついていくように並んだ。

そう、人は残酷そのもの。
自分の感情を優先すると、身内まで手にかけてしまうような………。


そんな、卑劣で脆い生き物なのよ。













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