20話†代わりに、全員の表情が暗かった No side 「あー、部活遅れちゃったね」 「……あの担任の長話の所為だろ」 今鳳と日吉は、小走りで部室に向かっていた。 ちなみに、二人は同じクラスなので同じタイミングで遅れてることになる。 「……でも、少しほっとしてるんだよね」 「……なんでだ?」 「今の部活の雰囲気…なんか嫌だし」 「………」 鳳は地面を見つめて言う。 その原因を察している日吉は何も言わない。 「……はぁ、もうやだな…」 「……鳳」 「ん?」 「お前は……澪先輩が悪いと思ってるのか?」 日吉は少し躊躇ったが、思い切って疑問を口にした。 対する鳳は、少し間をあけて、 「……よく判らない」 「は?……」 「初めは、凄い衝撃的で……酷いこと言っちゃったんだけど、後から冷静になって考えてみたら……澪先輩は暴力を振るうような人じゃないって、思って……」 鳳は迷っていた。 一つ上の先輩、マネージャーとして、よくお世話になった澪の事を考えると。 レギュラー入りして、色々不安がある中練習してた時も、初めて声を掛けて元気付けてくれたのは澪だった。 その優しい澪が、本当に虐めを……。 そう思うと、鳳は溜息しか出ない。 どうしても答えは出ない。 「……答えは、早く出した方がいいぞ」 「…え?」 「じゃないと、手遅れになる」 日吉は決して鳳の方を向かず、呟くように言っていた。 「………」 鳳は特に何も言わず、無言で走り続けた。 「日吉、」 途中で跡部が日吉の事を呼んで一人になるまでは。 「一人で部室に行くのかぁ……」 鳳は心細く、不安に感じながらも足を進める。 すると、部室から誰か出てきた。 「………」 その人物は、鳳を一瞬だけ見てその横を通り過ぎた。 鳳はその人物をしばらく見つめた。 「……澪、先輩…」 その姿は澪以外の何者でもなかった。 でも、鳳はどうしても澪だと思えなかった。 あの、目。 一瞬見られた時のあの目が、澪のような優しい目じゃなかった。 なんだか、凄く恨まれているように…睨まれてるように思える。 「………」 少し息を吐き、部室に目を戻す。 多分、この中には先輩たちが居る。 そして、楽しい雰囲気とは全く別の雰囲気で自分を出迎えるだろう。 そう思うと、鳳は中々踏み出せなかった。 すると、そんな鳳の意思が伝わったのか、部室から忍足たちが出てきた。 「……あ、鳳じゃん」 立ち尽くしている鳳に一番に気付いたのは向日。 出てくる人たちの中に、青木は居なかった。 代わりに、全員の表情が暗かった。 「……どう、したんですか?」 鳳は思わず聞く。 鳳の予想では、また澪に対しての怒りがあると思っていたからだ。 「……何でもねぇよ」 それには宍戸が答えた。 困った表情をしている鳳を上目で睨み、テニスコートに向かっていった。 「………っ」 鳳は一瞬怯んだ。 宍戸のあの目に。 あの……気力を失ったような目に。 あんな宍戸を見るのは初めてだった。 「………」 全員がコートに入った後、鳳はまた部室を見つめる。 多分、中には青木先輩が居る。 先輩たちは幼馴染だと言って再会を喜んでいたが、鳳は違う。 小さい頃に先輩たちと会っていないように、青木の事も全く知らなかったからだ。 まだ、一対一で話したことなんてない。 ガチャ。 鳳は一歩ずつ部室に入る。 何も言わず、かといって、部室からも何も聞こえない。 誰も人が居ないと初めは思ったが、確かに部室には人が居た。 「……あ、鳳くん」 「………は、早いですね」 そんな言葉しか口から出てこず、鳳はぺこ、と頭を下げる。 「違うでしょ?鳳くんが遅かったんでしょ?」 「あ、そ、そうですね……」 微笑んで訂正する恵理に、鳳も少し引きつっているが微笑で返した。 「………だめみたい」 「……え?」 弱く呟いたが、鳳は聞こえた。 「澪ちゃん、私のこと…すごい、嫌ってる……」 その姿は、本当に弱々しかった。 先輩たちが言ってた言葉を思い出す。 『守ってやりたくなる存在』 その言葉が、鳳も少し判った。 「っ……折角、同じクラスで…友達になれると思ったのに……っ」 青木は両手で顔を覆った。 泣いているのか、肩を震わせている。 鳳は、どうしたらいいのか分からずしばらく立っていた。 「……っすみません、俺、席を外しますね……」 こういう場合は、一人になりたいだろう。 鳳はそう結論を出して、早々と部室から去る。 まだ着替えていないが、それでも良かった。 青木と二人きりになるのは、どうしても息苦しかった。 「……消極的なのね」 鳳が出て行った後の青木は、泣いてなんかいなかった。 顔から両手を離し、ドアを見る。 「はー…。やっぱり、初対面だからガードが固いわね」 長く息をつく恵理。 「折角テニス部に入ったんだから、全部私の周りについて欲しいんだけどなぁ……」 ぽつりと欲望を呟いた。 「目障りなのよね、あの女。勝手に私の椅子に居座って……早く消えてくれないかしら」 怪しい笑みを浮かべると、青木はソファの背もたれにもたれ、天井を見ていた。 ←→ |