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103話†皆の気持ちが何より知りたかった










アタシが死んでから、何日経っただろう。
気付いた時は、アタシは微かに見覚えのある家の中に居た。


『………ここは、』


未だに自分の状況、どうしてここにいるのか、自分は何をしていたのか。
全く記憶が分からなかった。
辺りを見回していると、あることに気がついた。


『な、にこれ……』


自分の掌をまじまじと見つめる。
確かに輪郭はあるのに、色がない……透明とでも言うのだろうか。
透けて、床の色しか見えなかった。
そしてすぐに、


『っつ……!』


頭を強く、鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。
ぐらぐらと脳が揺れる。
がんがんと、まるで脳が伸縮しているかのような感覚。


『ぁああっ…!』


思い出した。
アタシは死んだんだ。
澪の目の前で屋上から飛び降りて。
即死して……。
そして、その理由までも思い出した。
でも思い出せたのはそこまで。
それより昔の記憶は、これから少しずつ思い出していくことになる。


『っどうして、アタシはこんなところに……』


未だ頭の痛みを感じながら、その場にいると、
階段から誰かが降りてきたのが分かった。


「麻央、おはようっ」


一瞬びくりとした。
まさか澪には見えている……?

そう思ったけど、それはアタシの思い込みだった。
澪はアタシの身体をすり抜けて、背後にあった写真に話しかけた。
ああそうか、アタシは死んでいるんだもの。
澪に触れる事なんてできない。


「……もう、あれから3日経ったよ」


澪は柔らかな表情でそう告げた。
3日……あまり経ってないのね。


「いつまでもくじけていられないから……私、ちゃんと麻央との約束、守らないとね」


そう言って笑った。
それは純粋に嬉しかった。
アタシの死で、澪の笑顔が失われないか……実は少し心配だった。
そして澪はいつもアタシにしてくれていたように、学校での出来事を写真に向けて話してくれた。
アタシと澪のツーショット写真。


「……ほら、見て。私、この3日間で笑顔を練習したの」


澪はその写真の前で笑顔を作って見せてくれた。
アタシはそれを覗いてみる。
全然変わらない、澪の可愛らしい笑顔だった。


「今日は……皆と久しぶりに学校で会うから、少し緊張する…」


そう一言呟いて、また表情を作って、


「麻央、行ってきます!」


澪はそう言って家を出た。
アタシは、大分軽くなった身体を動かす。
澪についていく形で。

知りたかった。
澪の様子はもちろん、皆の様子……。
アタシが死んで…もしかしたら、傍に居た澪を責め立てるかもしれない。
皆の気持ちが何より知りたかった。
そして、校門をくぐり、部室に行くと、


「あ……澪、」


一番に気付いたのは、宍戸。
その声に気付き、皆が澪を見る。


「おはよう」


そんな暗い雰囲気の中、澪は練習した笑顔を皆に見せた。
その柔らかい表情に……皆の表情も一斉に和らぐ。


「ああ…おはよう」
「おはよ…」


皆もそれに答える。
まだ元気はないけど、ちゃんと笑って。
アタシは一安心した。
でもその中、


「ねえ、澪……」
「……なに?ジロー」


少し不機嫌ともとれる芥川の表情。


「本当に、澪は知らないの?麻央が……自殺をした理由」
「………」


こういうってことは、何度か澪に聞いたみたいね……芥川は。
まぁ、それもそうよね。
死ぬ間際まで、一緒にいたもの……。


「ごめんね……。私、本当に知らないの。本当…突然、だったから……」


澪は秘密にしてくれている。
アタシが皆の事が大好きだということも。
澪を守る為に皆の前から去ったことも。
それが、せめてものアタシを守る術だと、この子は知ってる。


「おいジロー……それは聞くなって、言っただろ」
「………ごめん」
「いいよ、ジローは麻央のことを心配してくれてるだけだもん…」
「……そんな顔するなよ。な?」


少し悲しそうな顔をした澪に、宍戸は肩に手を乗せて優しく笑った。


「そうや。麻央を助けられんからって、誰も自分を責めたりしんよ」


忍足も同じように、澪を安心させる言葉をかける。


「俺たちは全員お前のことも大切だからな」
「俺達がずっと傍にいてやるからな」
「岳人……景吾…」


皆が皆、今の澪にとって一番大切な言葉をかけてくれる。
アタシという存在を失って、新しい支えとなってくれる言葉。


「今まで麻央さんが澪先輩を大切にしていたように、俺たちも澪先輩を守ります」
「だから、何も気にしないでください。前を向きましょう」


鳳と日吉も、同じように言葉をかけた。


「ありがとう……皆、ありがとう…」


澪も嬉しそうに笑顔を返した。

アタシはもう大丈夫だと思った。
こんなにあたたかくて、優しい皆がいる。
アタシの穴をきっと埋めてくれる。
澪のことを、アタシ以上に大切にしてくれる。
そう思ったから……信じて、アタシはその場から消えた。
皆はきっと澪を守ってくれると、信じていたから。
アタシよりもずっと、澪を幸せにできる力を持っているから。

アタシは全て任せたのに。

状況は全て一転した。
今まで澪の笑顔を守ってくれていた皆が。
澪の笑顔を奪い始めた。
アタシが必死で守った澪の笑顔を。
いとも簡単に奪える立場のあんたたちが、
一斉に………
澪を裏切り、アタシ気持ちさえも踏みにじった。

そしてアタシが一番嫌だったこと。
皆は、笑顔を奪うだけではなく…
澪を泣かせてしまったから。

その時から、アタシの中の醜いアタシが再び現れた。
あれだけ大好きだった皆を、
無理矢理…敵だと判断し…
どんなに卑劣だと思われても、嫌われてもいい。
あんたたち氷帝に復讐をしようと決めた。


やっぱり、澪を守れるのはアタシしかいないと思ったから――――













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