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本当は、誰よりもそばにいて、いつまでもお前の声を聞いていたい。
だが、今の俺には叶わない。
…俺は、独占欲が強い男だ。
それ故に、お前だけを独り占めできない腹立しさと、
お前を支えられない悔しさが、どうしようもなく俺を煽る。
お前を想っていると俺が俺ではなくなる。
不思議な感覚だが、悪い心地はしない。
だが、お前を傷つけたくはない。
だから、返した。
自分の気持ちを押し込めてでも、お前を守りたかったからな。
ほめてくれるだろう?
俺が他人を優先するなんて、そうそうないことだ。
そう、お前だけが『特別』。
…俺の騎士よ。
…俺の声が聴こえているか?
肆章
記念すべき第一回のスタツアを終え、濁流に呑まれて着いた先はあろうことか、渋谷家の風呂場だった。
「どこ?地球?」
辺りを見回す薫。
「渋谷家の風呂場だよ。」
「そう、俺の家。ようこそ渋谷家へ!なんちゃって…。」
と笑いながら、有利は肩をすくめた。
何処か残念そうにも見える。
しかし、三人風呂場はかなりギリギリ。
一番扉に近い薫が扉を開けた瞬間だ。
「まぁまぁ!?」
エプロン姿の女性が目の前に立っていた。
(えっと、有利の家族よね?)
思案する薫を前に、女性は輝きを放ったうっとりとした瞳で薫を見る。
「ゆーちゃんに、こんな可愛らしいガールフレンドがいたなんて知らなかったわ!
なんでママに言ってくれなかったの?」
(…ママ?)
戸惑う薫の後ろで、有利が呟いた。
「おふくろ…」
さっきよりも一段と声が沈んでいた気がした。
「あら?健ちゃんも?
良かったわぁ!今日は多目にカレー作ったの。
食べていくわよね?」
満面の笑みで渋谷ママこと美子はそう言った。
「おふくろ、まずは着替え貸してあげて」
有利は自分の母に苦笑しながらも、次の行動を促した。
「ママでしょ、ゆーちゃん!
あぁ……そうね、このままだと風邪ひいちゃうし。ちょっと待ってね」
美子は、脱衣場に出てきた濡れ鼠三人にタオルを渡して、パタパタとその場を去った。
「あれが有利のお母さんなんだ…?」
興味津々の薫だが、有利はあまり話したがらない。
「あぁ、まぁ」
苦笑いをしながら、タオルで体を拭いている。
すると、先ほどとは違うドタドタという荒々しい走った足音がした。
「ゆーちゃん!」
扉を開けて入ってきたのは、大学生くらいの男の人。
(ゆーちゃん?)
「ぁ、勝利」
「おにーちゃんと呼びなさいっ!」
(………)
兄弟のやり取りに唖然としている薫。
見事なダブルパンチのようなものが効いていた。
「あぁ、薫が引いちゃったよ。
大丈夫、渋谷家で変なのは勝利だけだから」
有利は自分は勝利とは違うと言いたげに、そう言った。
「なんてことをっ!?って…薫?」
勝利は有利を怒ろうとして、薫の存在に気づいた。
今度は勝利が唖然とする番だ。
「ゆ、ゆゆ、ゆーちゃんにガールフレンド!?」
思いきり動揺している勝利だが、村田と有利は、やれやれという様子で肩をすくめただけだ。
「しかも、こんなコスプレ美少女が!?」
しかも薫が勝利のハートを半ばゲットしてしまったらしい。
有利は、もうげんなりだ。
薫は、自分の袴姿を勘違いされて言い返した。
「コスプレじゃないわ。失礼ね、斬るわよ」
騎士の頃の記憶と感覚が少し戻ったせいか、思わず言ってしまった。
しかし、当の勝利は全く動揺していない。
「そうか、ジャンルはツンデレ辺りか?そうすると、和風恋愛アドベンチャーの女版沖田辺りか?」
(…………は?)
意味のわからない会話に薫の思考が停止した。
勝利はコスプレだと思って疑わない姿勢らしい。
見かねた村田が口を出す。
「嫌だなぁ、お兄さん。
案外メジャーなところを突くんですね」
「何だと?弟のお友達?」
しかし、村田の言葉も助け船とは言い難いものだった。
「待て待て待て!何の話してるんだよ!?
困ってるだろう、薫が!」
有利の言葉に、テンション上がった勝利が声を荒げた。
「だから、この女の子は一体誰なんだ!?
ゆーちゃんのガールフレンド!?
おにーちゃんは認めません!
絶対に、認めません!
むしろ、おにーちゃんに譲りなさい」
「いや、譲らないから。
薫はさ、村田のクラスメートで、眞魔国だと『騎士』なんだよ」
さらりと勝利を拒否しつつ、薫を紹介する。
薫も慌てて、勝利に向き直って挨拶した。
「幸村薫です。お邪魔してます」
一応、不本意とはいえ他人の家なので、礼を尽くして挨拶をした。
「なんだ?弟のお友達のお友達なのか?」
勝利は、何処か安心したような口調だ。
「違うよ、村田の友達だけど、俺の友達でもあるし」
「そ、そんなこと言って、
ゆーちゃんの彼女じゃないだろうな!?」
再び動揺した勝利。
(感情の起伏が激しいなぁ…)
そう思いながらも、有利を溺愛しているのは感じられた。
「違うって!」
「そうか、じゃあ俺も立候補していいわけだな」
何の、とは敢えて誰も聞かなかった。
「いつもこんな感じなの?」
「うん、そうみたい」
村田が苦笑いしながら、頷いた。
確かに一風変わっているが、それでも何処か羨ましかった。
「良いなぁ」
「何が?」
有利はきょとんとしている。
「何がって、お兄ちゃん」
「「「え゛」」」
二人ならず、勝利まで絶句した。
(薫って、兄弟いないもんなぁ〜ってマジかよ!?)
有利は思わず心の中で、ツッコミをいれたのだった。
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