3
「薫は朝稽古?」
ギュンターもいなくなり、敬語も抜けたコンラッドにほっとした。
「ん、まぁね。」
「…この木、枯れてたはず。」
ふと、コンラッドが例の木を見た。
ギュン汁騒動で木を忘れていたことを、思い出した。
「さっき、ね。
私が木の幹に手を当てたら、葉が急に生えてね。」
半ば苦笑気味に言葉を濁す薫。
コンラッドは感心したように幹に手を当てた。
「貴方の帰りを待っていたのかもしれないですね。」
「私の帰り…。」
呟く声が風に響く。
自分が『騎士』だということに、
確かな実感がわかない。
今もただ断片的に記憶の夢を見るだけ。
しかも、ほんの一部だ。
薫が黙り込んでしまったのを見て、
コンラッドはふっと優しく微笑んだ。
「大丈夫。
貴方が誰であろうと、
俺が守りますから。」
「はっ!?」
いつもより爽やかな輝き三割増しの笑顔に、この台詞。
薫もさすがに、心配げにコンラッドを見た。
「何か変なもの食べた?」
「心外ですね。
ありのままを述べただけですよ。」
そう言うコンラッドの笑顔はいつになく眩しい、
いや、眩しい領域を通り越しているような気もした。
「でも、有利にもそう言ってるんでしょ?
私がただの人間だったらどうするのよ。
例え『騎士』だとしても、今の世界でそれがどういう存在かもわからないのにっ。」
うつ向く薫。
コンラッドに当たってもしょうがないことぐらい分かっていた。
だが、
―夢で感じた不安…。
――眞王に感じていた罪悪感…。
―――自分を覆う、迫り来る闇…。
夢で実感したものが『欠落している記憶』ならば、
何かしら『騎士』たる者は罪悪感を感じる行為をしていたのだ。
それが何なのか、
知らない自分がもどかしい、
知らない自分が腹立たしい。
薫の吐き捨てたような言葉に、
コンラッドは驚いたようだったが、
いつもの表情に戻って言った。
「薫は、薫だよ。
それで充分じゃないか?」
一番欲しかった言葉をくれた。
「薫…?」
ふと顔をあげると、コンラッドと目があった。
目頭があつくなる。
自分でも情けないと分かっていた。
それでも吐いてしまった言葉を、
優しく受け止めたコンラッド。
気づけば、一滴ほほを伝う涙。
「ぁ、ごめん。
大丈夫、だから。」
必死に誤魔化し、逃げようとした。
しかし、コンラッドは薫の腕をつかんで、
引き寄せた。
「泣きたいなら、泣けば良い。
それで薫の心が軽くなるなら。
俺の胸ならいくらでも、貸しますよ。
そう、他ならぬ貴女の為なら、ね。」
コンラッドの瞳はいつもより少し真剣で、
そして、いつもより少し寂しげだった。
薫は、そのまま糸が切れたように、
みっともないくらい泣いてしまった。
コンラッドはただずっと側にいて、薫に胸を貸して、
薫の髪を優しく撫でてくれた。
泣いたこと自体、久しぶりだった。
薫は滅多なことがないと、泣かなかった。
泣いたら、すべて心が折れてしまいそうだったから。
だからだろうか、今までためていた涙が
ダムから溢れでる水の様に次から次へとこぼれ落ちた。
張り裂けそうな不安も、
コンラッドのおかげか、泣いたあとは幾分楽になっていた。
「落ち着きましたか?」
「ん……ごめん。」
「謝らなくて良いから。
俺は嬉しかったしね。」
いつもの満面の笑みのコンラッドにハッとして、
思わずコンラッドから離れた、
いや、後ずさったとも言える。
決闘の時も似たようなことがあった。
(やっぱり策士だ…)
薫は確信した。
「あれ?相変わらず早起きだね。」
有利だ。
通常、何かある時以外は昨日のような時間に有利は起きない。
そろそろ朝食なのだろう。
もうそんな時間かと思いながら、
ほっと一息ついた。
駆け寄ってくる有利に手を降り返す。
ヴォルフラムがあくびをしながら、有利の後についている。
どうやら、朝には弱いらしい。
「二人で何してたの?
朝トレ?」
しかし、有利は薫を見るや、
唖然と黙ってコンラッドと薫を交互に見た。
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