[携帯モード] [URL送信]

まだ誰もいない静まり返った廊下。

自分の足音だけがこだまする。

そこに吹きすさぶ風に誘われるように、夢の木陰へ向かった。

「ここ…。」

知っている。

確かに、懐かしさがある。

しかし、その木は夢で見たように鮮やかな葉をつけてはいなかった。

ただ自分のお気に入りだった木だけ、

枯れていた。

倒れても不思議ではないほどの木は、必死に根をはって誰かを待つようにそびえ立っている。

「その木は、騎士の木と呼ばれています。」

ふと振り替えれば、ギュンターがいた。

昨日の今日でどうにも複雑な表情を浮かべている。

「数少ない騎士の伝承の一つです。

騎士が居なくなってから、眞魔国で1、2を争ったその美しさは永久に失われた、と。」

そうして木を見つめるギュンターの顔には陰りがあった。

「私、この木を知ってる。」

「…え?」

「この木陰によく来てたの。

そこには眞王がいて、大賢者もいたわ。」

淡々と話す薫の言葉に、ギュンターはさほど驚いてはいなかった。

「そうですか…。

やはり、貴女は『騎士』なのでしょう。」

諭すような口調。

「そうかもしれない…。」

「いいえ、私は確信しています。

貴女が『騎士』であることを。

きっと貴女は望まれて、この世に現れたのですから。 」

「そう、ありがとう。

そうだと良いわね。」


薫は寂しげに微笑んだ。

「でも、昔とは違う気もする。

私は、あの頃とは違う…。

大事な過去を思い出せないからなんとも言えないけど。」

有利と同い年のはずの少女が不意に見せる、

大人の顔。

これが本来の『騎士』の姿なのかもしれない。

「私は、とても嬉しいのです。

陛下にお仕えし、大賢者が現れ、

騎士も転生された。

臣下として、これほど光栄なことはありません。」

きっぱりと言うギュンターの言葉には、どこか説得力があった。

「貴方、昔の大賢者に似てるわね。」

「は?」

「いつも貴方のように、諭してくれたわ。

眞王の言葉は、ちょっと説得力に欠けているもの。」

「は…はぁ。」

だんだん村田に似たようなことをいい始めた薫に、

ギュンターは曖昧に返事をした。

薫もハッと我にかえる。「ごめん、なんだか変なこと口走っちゃって…。

今日の朝、突然断片的に思い出しただけなんだけどね。

ここで…。」

この木陰で眞王と言い合ったこと…。

懐かしさに惹かれ、木の幹に触れる。

すると、すさまじい風が吹きすさぶ。

「ッ!?」

思わず目をつぶった。

「大丈夫ですか!?」

慌てたギュンターの声がした。

しかし、あっという間に風はやみ、

目の前には夢で見た時とおなじ、

美しい緑の葉をつけた木があった。

「お怪我はありませんか?」

「え、えぇ。」

風に押された薫の体を、ギュンターが後ろから支えてくれた。

「いえ、ご無事なら…。」

そう言ったギュンターの顔が紅かった気がした…

いや、気のせいでは無かった。

「ギュンター、鼻血。」

「ずみまぜん。」

これが有利の言っていた世に言うギュンター汁略して『ギュン汁』。

「はい、ハンカチ。」

慌ててハンカチもとい持参の手拭いを渡す。

「ぞんなっ!

もっだいないでず。」

鼻血のせいか、言葉がおかしい。

会話している間も鼻血が滴っている。

「良いから使って。

服とか汚れるし…。」

その言葉によほど感激したのか、

鼻血に加えて涙(鼻水含む)を流すギュンター。

「なんと勿体なきお言葉!

ギュンターはじあわぜものでず。」

(あぁ、せっかくの美形が台無しだ…)

ギュンターに支えられた瞬間、

一瞬ときめきかけた気がしたのは最早完全に覚めきってしまった。

「でも、なんで、急に鼻血?」

思わず口に出してしまった。

「薫様があまりにお美しく…、流れる髪と漆黒の瞳が……

あ゛、私としたこどがっ!

なんどいう゛ごとをっ!?」

ギュンターは特に双黒フェチらしい。

「いや、私に様とかつけないで良いから。」

「いけません…!?

なんとお優しいお言葉っ…

しかし貴女様がそのように仰られても…、貴女様は騎士なのです!」

もはや、発狂し始めた。

逆に、いつもの調子の秀作ギュンターに「貴方様は美しい」やら言われれば、

たいていの女子はノックアウトだろう。
しかし、今目の前のギュンター相手では、ギュン汁対処でそれどころではない、

薫としても複雑な心境だ。

「おや、何をしているんですか?」

発狂するギュンターを宥めていると、

助け船ことコンラッドが爽やか笑顔で現れた。

「えぇと、ちょっと、ね。」

説明に戸惑いながら、コンラッドを見る



「コ、コンラート!?」


ギュンターは慌てたようにコンラッドを振り返った。

「薫が困ってますよ。」

諭すような口調に、ギュンターは止まらぬギュン汁を手拭いで押さえつつ、

「では、じつれいじまず。」

精一杯の一言でそう言うと、逃げるように去っていった。

(大丈夫かな…?)

薫は去り行くギュンターの背中を心配げに、見送った。


あきゅろす。
無料HPエムペ!