2
まだ誰もいない静まり返った廊下。
自分の足音だけがこだまする。
そこに吹きすさぶ風に誘われるように、夢の木陰へ向かった。
「ここ…。」
知っている。
確かに、懐かしさがある。
しかし、その木は夢で見たように鮮やかな葉をつけてはいなかった。
ただ自分のお気に入りだった木だけ、
枯れていた。
倒れても不思議ではないほどの木は、必死に根をはって誰かを待つようにそびえ立っている。
「その木は、騎士の木と呼ばれています。」
ふと振り替えれば、ギュンターがいた。
昨日の今日でどうにも複雑な表情を浮かべている。
「数少ない騎士の伝承の一つです。
騎士が居なくなってから、眞魔国で1、2を争ったその美しさは永久に失われた、と。」
そうして木を見つめるギュンターの顔には陰りがあった。
「私、この木を知ってる。」
「…え?」
「この木陰によく来てたの。
そこには眞王がいて、大賢者もいたわ。」
淡々と話す薫の言葉に、ギュンターはさほど驚いてはいなかった。
「そうですか…。
やはり、貴女は『騎士』なのでしょう。」
諭すような口調。
「そうかもしれない…。」
「いいえ、私は確信しています。
貴女が『騎士』であることを。
きっと貴女は望まれて、この世に現れたのですから。 」
「そう、ありがとう。
そうだと良いわね。」
薫は寂しげに微笑んだ。
「でも、昔とは違う気もする。
私は、あの頃とは違う…。
大事な過去を思い出せないからなんとも言えないけど。」
有利と同い年のはずの少女が不意に見せる、
大人の顔。
これが本来の『騎士』の姿なのかもしれない。
「私は、とても嬉しいのです。
陛下にお仕えし、大賢者が現れ、
騎士も転生された。
臣下として、これほど光栄なことはありません。」
きっぱりと言うギュンターの言葉には、どこか説得力があった。
「貴方、昔の大賢者に似てるわね。」
「は?」
「いつも貴方のように、諭してくれたわ。
眞王の言葉は、ちょっと説得力に欠けているもの。」
「は…はぁ。」
だんだん村田に似たようなことをいい始めた薫に、
ギュンターは曖昧に返事をした。
薫もハッと我にかえる。「ごめん、なんだか変なこと口走っちゃって…。
今日の朝、突然断片的に思い出しただけなんだけどね。
ここで…。」
この木陰で眞王と言い合ったこと…。
懐かしさに惹かれ、木の幹に触れる。
すると、すさまじい風が吹きすさぶ。
「ッ!?」
思わず目をつぶった。
「大丈夫ですか!?」
慌てたギュンターの声がした。
しかし、あっという間に風はやみ、
目の前には夢で見た時とおなじ、
美しい緑の葉をつけた木があった。
「お怪我はありませんか?」
「え、えぇ。」
風に押された薫の体を、ギュンターが後ろから支えてくれた。
「いえ、ご無事なら…。」
そう言ったギュンターの顔が紅かった気がした…
いや、気のせいでは無かった。
「ギュンター、鼻血。」
「ずみまぜん。」
これが有利の言っていた世に言うギュンター汁略して『ギュン汁』。
「はい、ハンカチ。」
慌ててハンカチもとい持参の手拭いを渡す。
「ぞんなっ!
もっだいないでず。」
鼻血のせいか、言葉がおかしい。
会話している間も鼻血が滴っている。
「良いから使って。
服とか汚れるし…。」
その言葉によほど感激したのか、
鼻血に加えて涙(鼻水含む)を流すギュンター。
「なんと勿体なきお言葉!
ギュンターはじあわぜものでず。」
(あぁ、せっかくの美形が台無しだ…)
ギュンターに支えられた瞬間、
一瞬ときめきかけた気がしたのは最早完全に覚めきってしまった。
「でも、なんで、急に鼻血?」
思わず口に出してしまった。
「薫様があまりにお美しく…、流れる髪と漆黒の瞳が……
あ゛、私としたこどがっ!
なんどいう゛ごとをっ!?」
ギュンターは特に双黒フェチらしい。
「いや、私に様とかつけないで良いから。」
「いけません…!?
なんとお優しいお言葉っ…
しかし貴女様がそのように仰られても…、貴女様は騎士なのです!」
もはや、発狂し始めた。
逆に、いつもの調子の秀作ギュンターに「貴方様は美しい」やら言われれば、
たいていの女子はノックアウトだろう。
しかし、今目の前のギュンター相手では、ギュン汁対処でそれどころではない、
薫としても複雑な心境だ。
「おや、何をしているんですか?」
発狂するギュンターを宥めていると、
助け船ことコンラッドが爽やか笑顔で現れた。
「えぇと、ちょっと、ね。」
説明に戸惑いながら、コンラッドを見る
。
「コ、コンラート!?」
ギュンターは慌てたようにコンラッドを振り返った。
「薫が困ってますよ。」
諭すような口調に、ギュンターは止まらぬギュン汁を手拭いで押さえつつ、
「では、じつれいじまず。」
精一杯の一言でそう言うと、逃げるように去っていった。
(大丈夫かな…?)
薫は去り行くギュンターの背中を心配げに、見送った。
無料HPエムペ!