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夕食、薫監修の手料理を前に、一同は唖然とした。

「ちょっと失敗したのが、残念だわ」

束ねていた髪を下ろしながら薫は言った。

しかし、一同が見る限りそうは見えなかった。

「いや、まさか君の手料理でこっちの世界で食べれるとは思わなかったよ」

「そんな風に思われてたなんて、光栄ね、村田君。じゃあ、食事にするから皆座って」

そうして夕食になって、再びグレタのべた褒めを始めた親バカ二人。

確かに薫の料理は絶品だった。

そして、だいたい食事が終わってから堪えきれずにギュンターが村田に質問した。

「貎下、今日の昼のことで御座いますが、アレは…」

ギュンターの真剣な面持ちに、村田もメガネを例のごとく光らせて答えた。

「うん、わかってるよ。今日、ちゃんと『力』の証明も見せて貰えたしね」

村田の声に食卓がしん、と静まり返る。

「たぶん、フォンクライスト卿が考えている通り。薫は、『騎士』なんだ」

思わず声に導かれた呪文と、

亡き祖父の遺言を思い出す。


「本来なら、僕と同じように記憶を引き継いでるはずなんだけど、今の彼女には、薫としての記憶しかない。
だから、向こうにいてもらったんだけど、なんか眞王がさ、『騎士』が転生してるって知っちゃったらしくて、勝手に呼び出したみたいなんだよね。全く、相変わらず迷惑な王様」

最後は愚痴っぽい口調で言う村田。

おそらく眞王に対して、対等に言い合えるのは村田の知る限り、

騎士と大賢者だけ…。

ハッとそれを思い出して、村田はコホンと咳払いした。

「えーと、まぁだから今回の一件は眞王のイタズラなんだよ。
勿論、薫自身は魔族だし、眞魔国にいても問題ないんだけど。
彼女自身に例の記憶がないのに、『騎士』とかであれこれ詮索するのはやめてほしかったし、
何より僕は今、薫の記憶が突然戻って混乱するのが一番怖いんだ」

村田の声はいつになく真剣だ。

「勿論、こんな中途半端な説明で皆が納得するとは思わないけどね。
でも、もう少し待ってほしいんだ。
いくら眞王のイタズラとはいえ、薫が眞魔国に来たのにはきっと意味があると思うから。
だから、もう少しだけ待ってほしい」


「しかし、貎下。眞魔国の歴史書にも『騎士』の記述など数えるほどしかないというのに…」

ギュンターは焦ったように口にした。

「ねぇ、村田君」

薫も思わず村田に声をかけた。

「『騎士』って、結局何なの?」

「眞王が付けた君の名前だよ。
遠い昔の話だけどね。
大賢者が『楯』、騎士が『剣』。つまりは側近みたいなものだったんだ。因みに初代も女性だったかな」

「そうなんだ…。」

そこに有利が質問した。

「でもさ、なんで『騎士』の記述がそんなに少ないんだ?」

「良い質問だね、渋谷。
騎士だった女性はさ、 ちょっと変わった能力の持ち主でね。
初代から騎士の力の源は『魔力』じゃない。
魔力に似たような能力だけどね。
魔力よりも、絶対的で強く、それ故に自分自身も滅ぼしかねないぐらいに…。
詳しいことは言えないけど、まぁいろいろとあってね…」

村田は口を濁して、続ける。

「ある日、突然彼女は消えた。
僕は遅れてその場に着いたからなんとも言えないし、眞王も珍しく何も話してくれなかった。
でもまぁそれからだよ、眞王がやさぐれ出したりして、お守りが大変で…ぁ、まぁそんな感じかな。
実は眞王が、彼女の痕跡を殆ど消しちゃったんだ。僕の記憶もちょっと断片的だし」

村田は言い切ってから、ふぅと息を吐いた。

薫を含め、一同はすでに少々混乱していた。

「ねぇ、村田君。
私、昔祖父に、自分が『騎士』だって言われたことがあるの。」

「だろうね、僕は彼に君の世話を一任してたから。
だけど彼がいなくなって、正直僕はヒヤヒヤしてたよ。
君の家族で、魔力を持った自分自身を魔族だって認識してた魔族は彼だけだったし」

どうやら村田と祖父は知り合いだったらしい。

村田はすべてお見通しのようだ。

そこで薫は声を潜めて、村田に聞いた。

なんとなく、全員に知られるのは怖かった。

「ぁ、じゃあ時々聞こえる『声』って何かもわかるの?」

村田は薫の問いに、驚いたようだったが、何か思いついたのかすぐにため息を溢した。

「はぁ…。それ、たぶん眞王だよ。
全く、無茶させるなとか言っといて自分も無茶して何してるんだか。
でも、おかげで本来の『力』は取り戻せたみたいだけど…」


村田は複雑な表情で天を仰いだ。

「『力』って、昼にあった?」

「そう、風を操る力だよ。
今なら君は、呪文無しで風を操れるはず。
逆に良くないモノまで感知しちゃうかもしれないのが、心配なんだけど」

村田の話す内容をすべて理解出来る者はこの場にはいない。

(あぁ、そういえばフォンビーレェルト卿とのアレはまずかったなぁ。
眞王もカンカンだった…)

苦笑いしながら村田はそれは言わずに、その場はお開きにした。


(大変なのはきっとこれからだから)



薫を振り返りながら、村田はただ平穏を祈った。







『―――君を守るよ。』



果たせなかった想いばかりが、溢れ出す。

思い出すべきか、

思い出さないべきか、

どちらが彼女にとって幸せだろう…?


ただ1つ、今度こそ君を守りたい。

本能に掻き立てられるような衝動、

それは祈りに似た誓い…。





あきゅろす。
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