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一目見た時から、目をそらせなかった。
遠目から見ても鮮やかだった、アーダルベルトとの見事な斬り合い。
靡く漆黒の黒髪、敵を見据える鋭い瞳…。
だからだろうか。
もう一度、刀を手にした君を見たいと思ってしまったのは…。
きっと、俺は出逢った時から、魅せられていた。
君の姿に…。
壱章
(眠…)
ベッドの上で薫は眠い目を擦った。
(あぁ、床布団じゃない…。
昨日、異世界に来たんだっけ?)
そんなことをぼんやり考えてみる。
まだ、日の光が弱い。
毎朝早起きをし、ジョギングや素振りをしていた為か、いつも朝は比較的早い。
どうやら身体はいつものリズムで動いてくれているようだ。
(朝?そういえば、昨日の夜は?)
昨夜のことを思いだそうとするが、声が聞こえた後のことがさっぱり思い出せない。
(いつ、ベッドに?)
とりあえず、上半身だけ起き上がる。
「早起きだね」
気づけば、目の前に村田がいた。
「ッ!?村田君!?」
思わず後ずさる。
村田は眠そうにあくびをした。
(ていうか、なんで村田君と同じ部屋!?)
昨日は確か、グレタと寝る約束をしていたはずだ。
「ひどいなぁ、全く。覚えてない?
君、廊下で倒れてたんだよ。
顔、真っ青だったし…、心配したんだから」
村田は、ベッド間際の机にあったメガネをつけた。
どうやら、村田はわざわざ近くのソファで寝たらしい…。
薫はすまない気持ちで一杯だった。
「でも、なんで村田君の部屋に?」
「あの場所から一番近かったから。
君をベッドに運んだのは、フォンヴォルテール卿だけど」
「うーん、フォンヴォル?どの人だっけ?」
「ツェリ様の長男だよ」
「あぁ!あの人か!?」
夕食の時、始終、眉にシワを寄せて不機嫌そうにしていた姿が思い出された。
(苦手そうだな…。でも、あとでちゃんとお礼言いに行かなきゃ)
「ん、なんかゴメンね。
初日早々に迷惑かけちゃって」
「いや、別に。君のせいじゃないし」
村田は、メガネを雲らせた。
「え?」
「僕は眞王廟に行くけど、一緒に来る?」
「ありがとう、でもグレタに謝らなくちゃ…、グウェンダルにお礼も言わないとね。
眞王廟にはまた今度連れてって貰っても良い?」
「別に良いけど、たぶんこの時間はまだ皆起きてないと思うよ」
「そう?
あ、いつもの早朝トレーニングしたいんだけど?」
「何それ?」
村田が驚いたように聞き返す。
「素振り100回と腕立てとジョギングと…」
(相変わらずだなぁ。)
村田は笑った。
「…何が可笑しいの?」
「いや、君を見てると思い出すから」
(昔の君を…)
しかし、言葉の意味を理解していない薫は、不愉快そうに眉を潜めた。
「途中まで一緒に行く?」
「…え?良いの!?」
遠慮がちな薫に、村田は頷いた。
「あ、昨日の服は、そこに入ってるから。
勿論、洗濯済み。僕は別の部屋で着替えてくるよ。」
(そういえば、今はツェリ様から借りたネグリジェだった…)
自分の格好を確認して、着なれない女の子の服とそれを見られた思いで頬が紅潮した。
「それも可愛いけどね。」
「…え?」
「じゃあ、準備終わったら呼んで」
村田は、そう言って部屋を出ていった。
(…可愛いって言った?)
更に鼓動が高鳴るのが自分でもわかった。
(可愛い、なんて初めて言われたかも。)
そんなことを考えながら薫は着替えをすすめた。
ベッド脇に置かれた刀を手にし、薫も部屋を出た。「終わった?」
廊下では村田が待っていた。
「うん」
そうして、二人は連れだって部屋を後にした。
その後、今日試合をするという場所で村田と別れた薫は、いつものようにメニューをこなしていった。
ちょうどメニューを終えた頃、視界の隅に有利達が見えた。
有利が薫に気づいて、手を降りながら走ってきた。
「早いなぁ!どうしたの?」
「早朝トレーニングよ。有利は?
あはは、俺も…。ていうか、ヴォルフに付き合えって言われて…」
「なんだとっ!僕はお前がへなちょこだから、一緒に鍛えてやろうと!」
(へなちょこ?)
「へなちょこ言うな!」
「煩いっ!
ふんっ、どうせこの女は、今日僕がコテンパンにしてやるからな。」
自信満々で言うヴォルフラムに半ばウンザリしながら、薫は流した。
「こわくて、何も言い返せないのか、しょうがないヤツだな」
「ヴォルフラム、そこまでにしとけって!」
有利が止めるが、ヴォルフラムは止める様子ではない。
「魔族かどうかもわからないのにっ。
だいたい国境付近にいたなんて、怪しすぎる」
が、薫は全く動じない。
ずっとヴォルフラムを無視したままだ。
それがかんにさわったらしい。
ヴォルフラムはつい、薫の前で発してはいけない言葉を吐いてしまったのだ。
「本当は親だって、どうしようもない人間で…っ。」
刹那、ヒュッと風を斬る鋭い音がした。
「―…っ!?」
薫の刀の切っ先がヴォルフラムの首ギリギリにあった。
気づけば、祖父しか頼れる人がいない。
気づけば、親戚は薫を腫れ物に扱うようだった。
どれだけ、両親の温もりを求めたことか。
知らないからこそ、嫌いになれなかった両親。
生んでくれたことを恨みたくは無かった。
自分独りがこの世に取り残されたとしても、必死に生きてきたのだ。
なにもしらない奴に言われたくない、という想いが沸き上がっていた。
「悪かったわね、私は両親の顔すら知らないわ」
キレた薫は、威圧的にそう言うと、刀をしまって去っていった。
「うわぁ、薫ってスゲー。」
有利は心配しながらも、内心かなり驚いていた。
『貴方に、何がわかるのよ!』
薫の冷たい目線は、そんなことを訴えていた気がした。
(そういや薫のこと、なんにも知らないな。)
有利は急に申し訳ない気持ちになりながら、寂しげに強がる薫の背中を見送った。
その横でヴォルフラムは冷や汗を隠し、それを振り払うかのように、無理矢理有利を猛特訓に付き合わせた。
(何なんだ、あの女は…!?)
そう思う反面、心中に広がる罪悪感が、ヴォルフラムをより一層苛立たせた。
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