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10000HIT企画小説
HOLY AND BRIGHT(6)

 真剣に思い悩む幸村に、政宗は判らぬほど小さく小さく吐息をもらした。
(――そんなこと)
 悩んだところでどうしようもないだろうに、お固く真面目な幸村は、要らぬ枷に足を取られて立ちすくむ。
 確かに右目が見えないことは不利だろう。双眼揃えた者に比べればたいしたHandicapを抱えているのは確かな事実だ。
(しかし)
 それはもう、今更誰にもどうにもできないことで。
 もし、この目が見えるようになるというのならば、己も、己の右目も、とうにその術を手に入れただろう。
 だが、目玉自体えぐってしまって、もう失われてしまったのだ。今の医学薬学技術、何を集えたとしても、この目が再生することはあり得ない。
(なら)
 ――乗り越えるしかないではないか。
 それはPositiveな発想ではない。諦めるとか、開き直るといったところが近いだろう。
 再び見ることの望みのかけらもない目。そして他者に比べれば半分しかない視界。掴めない遠近感。
 だからといってこの手にしたのは絶望ではない。諦観を受け入れてしまえば、見えぬ事実は『当たり前』になって、気になどならない。
 そんなものよりも、片目と侮られることの方が問題だ。
 己が気にしない以上に、相手が気にしなくなるようになることの方が余程大変なことだと気付いたのは――そう、まだ幼名で呼ばれた頃だっただろう。
 いや今にして思えば物心がつく頃にはそういう考え方をしていた。
 己にとって、右目の喪失よりも、その事実によって己を見る目が変わる周囲の様相の方が大事だったのだ。本当に信を預けることが出来る者は誰かを見極めることの方が。
 つまりは、右目の喪失はとうに過去に乗り越えたことで、とやかく言われることでも心に患うことでもなんでもない。
 ――その隻眼を持って戦場に立つを決めし時より、もはや傷を傷とも思うてはおるまい
(流石だな、オッサン)
 あの甲斐の虎の言うことは正しい。
 そうだ、己はこの右目を負い目とは思ってはいない。
 それくらいならば、命をやりとりする戦場になど赴きなどしない――そもそも、伊達の頭に立とうとも思わない。
 己の肩には奥州の民が乗っかっているのだ。
 簡単に命奪われ、民の生活が崩れていくことなど、己も周囲も許さないだろう。
 そして今、己は己の足で奥州から日の本へと踏みだし、この隻眼で天下を俯瞰しようとしている。
 そこにまで至った。――だが片目を傷つけたばかりで、いずれ治る傷でしかない幸村にはそんな覚悟などないだろう。
(当たり前だ)
 幸村と己では状況が全く違うのだから、同じだけの覚悟を抱えろという方が間違えている。
(そうだ)
 それは問題にもならないのだ。
(なのに)
 生来生真面目で融通のきかない幸村は、その差違に囚われている。己に足りぬ気概と技量に焦りすらして。
(……まったく)
 なんて謙虚で勤勉で――傲慢なのだろう。
(一体)
 どれだけのものを手に入れたいというのか。
 足りぬ力は己の伸びしろなのだと知れば、それに気づけたことこそが僥倖。
 健やかな肉体と精神を鍛え上げて、一体何を――どこまでの高みを目指すというのか。
 きっとそれは飽くなき欲で、彼が今以上に成長して力を付けることを、彼自身と――そして己も望んでいる。
 政宗は、ひたりと幸村を見据え、口を開いた。
「なら、――来い」
 己が先んじているというのならば、己の居る場所まで。
「その目が片目だろうと両目だろうと構わねえが、アンタが俺に劣ると思うんなら、止まってんな。だが、俺もアンタが来るのを待ってたりはしねえぜ」
 己と彼の間にあるのはきっと、ほんの僅かな差でしかなく、おそらく小さな油断や隙で簡単に埋まってしまうだろう。
(だから)
 己は歩みを――高みを目指すことを止められないのだ。
(俺は)
 奥州筆頭――そして真田幸村の好敵手。
 それら二つをすでにIdentityとして確立し、反することは最早許されない。 追いつ追われつ進んでいく。それを生涯かけて続けていくのが、互いを宿命の好敵手と認め合った己と相手の歩む道だ。
(――例え、愛しく思い合ったとしても)
 国を違え、立場を違え、生き方すらも違えた己たち。
(だが)
 それは唯一重なり合える道筋だった。
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うちの政宗さんにしてはめずらしくポジティブなのですが、
うちの政宗さんらしくぐだぐだしてて本当にポジティブなのかが微妙……


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