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10000HIT企画小説
HOLY AND BRIGHT(5)

 弱みを見せたが最後屠られる――その危機感は右目喪失の悲壮感を上回っていた。
 だから、右目を失ったことなど何でもない、という素振りを貫いた。最初はただの強がりでしかなかった。しかし強がりも続けていると本物になる。
(災い転じて……ってやつだな)
 こどもだった、というのも利点だったのかもしれない。子供の適応能力は大人のそれをはるかに越える。
 結果として、己が隻眼に慣れるのはさほどの時は必要なかった。
 ――しかし、幸村は違う。
 状況すべてが、政宗とはちがっている。
 幸村は首をゆっくり横に振った。
「……情けのう、ござる」
 その声は重く、震えていた。
「これほどに己の性根が弱々しいものだと……今の某には、武具すら持てはしませぬ。万が一味方を傷つけてしまっては――そんな危惧感が心を巣食い、我が身の一部とさえ思えた二槍を扱うことも困難ではないかと……」
 幸村は空の両手を見下ろした。
「この手に、槍を持つことすら恐ろしゅうござる」
 片目では見慣れたはずの手の平でさえどこか違うような気がして恐ろしい、と――そう感じる自分自身の心根こそが何よりもおそろしいのだと幸村は言う。
 堰を切ったように綴られる言の葉は、目の当たりにした己の心の弱さへの不安の発露だ。
 幸村は己が決して強者だと思ってるわけではないだろう。なんせ素直で謙虚な男だ。己が未熟だと思うからこそ、日々の鍛練や敬愛する師との熱い拳を交わし合い、身体や技と共に心も鍛えている。
(――だからこそ)
 今まで知らなかった己の一面を知ることは――それが新たな弱さならばPanicになるのも仕方が無いだろう。他にもまだ見ぬ弱さがあるのではないかと不安は拡大し、確かなものだと思っていた足下にひびが入る。
 そして、何よりも気持ちを焦らせるのは――
「政宗殿は、見えなくてもこれほどに強い。剣も心も強い。それに比べると己があまりに弱く情けなく思えたのでござる」
(――俺か)
 目の前で、片目を失いながらも竜として在る己の存在だ。
 それは手本ではなくただ己との差を見せつける脅威として幸村に迫っていた。
 ――己の内には、常に幸村に先んじたい、という思いはある。
 幸村は唯一無比の好敵手だが、並び立ちたいというわけではない。互いの存在を時に励みにしながらも相手よりも強くなりたいと願って日々の鍛錬に明け暮れる。それは戦や戦いの技量だけではない。生きる全てにおいてだ。
 ――だが、それは単純な比較ではない。個々の能力を比べたところで意味が無いことなど判っているだろう。それぞれに長所と短所があるのだから、ある点では勝り、ある点では劣る。当たり前のこと――しかし、そう知りながらもなお、己が劣っているのだという焦る思いは心の弱いところを突いていく。
 それは、感情を深く暗い沼へと落としめていくばかりだった。
「……アンタは見えなくなったばかりだろう。それに、傷さえふさがればまた見える」
 そもそも焦る必要すらないのだ、と言うと、幸村はぶるぶる、がむしゃらに首を横に振った。
「そう、某の目はまた見えるようになり申す。いや、今ですらまだ全くの闇というわけではござらぬ。こうやって、右目を覆っていても、某にはぼんやりと明るさは判るのでござる。何も見えないわけではござらぬ――されど、されど政宗殿は!」
「…………」
 目玉自体を失った己の右目は光すら感じ取ることはない。
 そんな己の言葉は幸村にとっては慰めにもないどころか、さらに追い詰めるだけだった。
「……このていたらくが恥ずかしく……それでいながらこの幸村を好敵手と呼んでくださることがありがたくも不相応に思えて……」
 幸村は表情を歪め、視線を落として揺らめかせた。

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ネガティブに突っ走るのは筆頭だけじゃありません。
幸村だってネガティブになるんです。
なまじ勢いあるだけに大変です。

※一度アップしたのを微修正しました。
どれくらいぶりか判らない更新でございます……orz


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あきゅろす。
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