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10000HIT企画小説
HOLY AND BRIGHT(4)


 ことり、と床に置いた団子の皿に、所在なさげな視線を向けた幸村は、こちらを見ようとしない。
 その様子に軽く溜め息を落とす。 
「……アンタ……一体どうした」
「……どうした、とは……」
 す、と視線が団子からも外れ、心持ち顔までも逸らされる。
 腹芸一つできない男だと知ってはいるが――ここまであからさまに避けられると少なからず胸が痛むものを感じる。
 しかし、それを許してやれるほど己は広量ではないし、放っておけるほど幸村に対して情がないわけではない。
「俺に、何を隠そうとした」
「、隠してなどおりませぬ」
 ふるりと揺らされる首。しかし、その前にぴくりと肩が揺れたのを見逃してはいなかった。
 もう一度、吐息を洩らす。
 言わないのなら、突きつけるしかない。
「……目、だな」
「…………」
 返される返事は、ただの無言。
 しかし、沈黙が意味するところは肯定だ。
(Shit……)
 舌打ちは、心の中だけでした。
「……気にすることねえだろ。アンタ、片目は慣れてねえんだから」
 普段なら視界に入っているはずの卓に気づかずに当たることも。普段ならこともなく手にすることができる串を遠近感がつかめずに手にすることができなくても。
「団子、口に入らなかったんだろう?」
 肩を掴んだと言っても揺らしたわけではない。
 幸村は右利きだ。
 右の視界をふさがれた状態では右手では存外に食べにくいものだ。慣れてきたら顔を少し右に向ければいいのだと判るが――それでも遠近感はつかめない点は変わらないのだが――、右目を使えなくなって間もない幸村にはまだ判らないだろう。
 不自由な視界。
 それを誰よりも知っているのは――右目を喪失している己だ。
(だから)
 気づいてしまうからか。
 そしてそれが、怪我のせいだと己が自分を責めるだろうからと。
 この馬鹿なお人好しなりの気遣いなのだろうか。
(……気づかないわけがねえだろうが)
 己が一体誰を、どれほど見てきたと思うのだ。
 一挙手一投足、そしてくるくるとめまぐるしく変わる表情を。
「……上手く食べられない、ばかりではござらぬ」
 観念したように、ぽつり、と幸村は吐息混じりにようやく洩らした。
「何度も柱や障子に当たり、段差に躓きました」
 幸村は悔しげに表情を歪めて軽く唇を噛む。
「……慣れた自分の館だからだろ」
 慣れているからこそ意識を向けられず、障害物にぶちあたる。
 それもあたりまえのことなのだが、この心の在り方こそが不器用な武人にとっては注意力の散漫として己を責める材になるのだろう。
 その気持ちもよく判った。
 ――かつて、幼少の頃の己が抱いた苛立ちと同じだからだ。
 簡単に出来たことが出来ない。出来て当たり前のことが出来ない。
 それは苛立ちと同時に不安と怖れをも呼び起こす。
 他にも出来ないことがあるのではないか。
 これから身につけられる術は極限られたものでしかないのではないか。
 足下が崩れ、これから先の希望すらも失って、立ち尽くすしかない。
 ただ己には右目の存在があり、そして、立ち止まっている暇などなかった。
 歩みを止めたその瞬間に己の存在価値が消えるということは、常に身傍にあった殺気から教えられていたからだ。

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ほぼ一月振りでごめんなさい!!
その割に進んでなくてごめんなさいー!


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あきゅろす。
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