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10000HIT企画小説
HOLY AND BRIGHT(3)
 甘味好きの城主の為に、貴重品であるはずの砂糖などの餡の材料はふんだんにある上田の厨を借りて、幸村のために甘味を作るのは、実は初めてではない。
 食べ比べてみたいのだという幸村に請われて猿飛と団子を作ってやったことがある。他国にもその優秀さで名を知られた真田忍び頭と、天に覇を唱えようという奥州筆頭に甘味比べをさせる虎の和子は、あの時、ただ幸せそうに笑っていた。
 今はすでに夜も更けて来ており、明日の朝餉の仕込みも済ませた厨はしんとして空気も重く、幸村が時折たてる物音と調理の音しかない。
 幸村は黙っている。厨の床に直に座ったまま、らしくないほど静かに己の後ろ姿を眺めている。
 幸村が黙ると、こちらからもなんとなく話し掛け辛く、ひたすらに作業に集中するしかない。
 ひそやかに、そこにあるのは調理するコトコトというわずかな音と、その音にすら掻き消されてしまうほどにひっそりとした互いの呼吸音。
 普段の己たちらしからぬ沈黙はひたすら居心地が悪く、意識を無理に甘味づくりへと向ける。
 といっても、即興で作るものに手が込んでいるわけではなく、作れるのは簡単な餡ぐらいのもので、それはすぐにできあがってしまった。そこらへんにある適当な皿に盛って、土間から上がって差し出した。
「……ほらよ」
 見栄えもへったくれもないが、串にささった団子に餡を自分で適当に絡めて食えばいい。
「ありがとうございます!」
 傍らに腰を降ろした己に向かって嬉しそうに笑い返す幸村は、この沈黙を何とも思っていないのか普段通りの表情で、前に置かれた団子と餡に喜色を浮かべながら、律儀にいただきます、と両手をあわせる。
 そして、幸村の手が団子へ伸びて――空を、切った。
(――?)
 当たり前のように伸ばした手は団子の串を掠めもせずに別の何かを掴むように握られる。
 幸村は何のことはない、といったそぶりで今度はちゃんと串を掴み、隣の餡のさらにぽてりと落とすようにして餡をつけた。
 そして、ふと顔をこちらに向ける。
「何をごらんになっておられるのでござるか?」
「あ?」
「某が食べるところを見ていても何も面白くはござらぬでしょうに」
 不思議そうに首を傾げてみせる幸村に――違和感を感じた。
 今まで、何度も幸村には甘味だの飯だのを拵えてきた。
 そしてそれを食べるのをいつも傍らで見てきた。
(いつもだ)
 それを、問いかけられたことはない。それどころか。
 ――政宗殿のお作りになるのは本当に美味しゅうございますな!
 ――Thanks、アンタがそう言って美味そう食ってくれるから俺も作り甲斐があるぜ
(知ってるはずだ)
 己が、幸村が食べているのを見ているのが好きだということを。
「……幸村?」
「そうじろじろと見られては恥ずかしゅうござるー」
 くるり、と幸村はこちらに背を向ける。
「おい、アンタ……!」
 己の視線からあからさまに逃げようとするその素振り。
 がつ、と肩を掴むと、幸村は、小さく、あ、と声をあげた。
「……突然掴まれる故、手元が狂ったではござらぬか……」
 ぺちょり、と口の端に餡をつけた顔で、ふてくされた表情で幸村はようやくこちらを見る。
 団子が口に入らず、ずれてしまったのだろう。
(いや)
 そう、見せかけたかったのだろう。
「幸村……」
「せっかくの団子でござる、部屋でゆっくりいただきまする」
「幸村!」
 皿を持って立ち上がろうとした幸村にかけた声は己でも驚くほどに鋭い声だった。
 それをまともに叩きつけられた幸村はびくり、と肩をゆらし、立ち上がりかけたそのままの状態で固まってしまう。
「……座れ、幸村」
「…………」
「座れ」
 動かない幸村にもう一度声をかけると、観念したように、のろのろと幸村は再び座った。


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シリアスになってきました。

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あきゅろす。
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