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10000HIT企画小説
HOLY AND BRIGHT(2)


 甲斐に戻った幸村を診察した医師の見立てでは、まず眼球に損傷はないが傷は瞼にもおよび、あと少しのところで、という状態で、しばらくは安静にせよ、ということだった。
 血はとうに固まっていたがそれも戦場という血と砂埃の舞う場、衛生面は決して良くはなかったはず。万が一のことがあってはならぬ、とのお達しだった。
 それはおそらくすぐに動き回ろうとする幸村への牽制でもあったのだろう。
 案の定、幸村は、むすり、として、つまらぬ、と膨れた。
「せっかく政宗殿がいらっしゃるのに手合わせも出来ぬとは!」
「それならさっさと治せ。その包帯が取れたらいくらでも相手してやるから」
 戦の事後処理という名目で、政宗は甲斐に逗留していた。
 実際のところは幸村が心配だったのだが、それを口にだすことはない。言わなくとも誰もが気付いていたし、口煩い小十郎ですらも政宗の心情を慮り、何も言わなかったのだ。
 気づいていないのは、幸村だけ。
「気合いで治しまする!」
 ただ明るく笑う。
 しかしその笑顔は半分晒しに覆われたままの痛ましいものだ。
 直視しつづけることが出来なくて、政宗はその頭を胸にゆるく抱くことでごまかした。

    ◇    ◇    ◇

 安静に、と言われた幸村が床でじっとしていられたのは半日程度だった。
 すぐに暇を持て余し、うろうろとしては見咎めた佐助を初めとする家人達、そして居合わせた政宗、さらには小十郎にまでこっぴどく叱られる。
 それなのに、またひょこひょこと抜け出すのだ、この落ち着きのない若将は。
「……てめえ……」
 厨の隅で座り込んで団子をくわえこんでいるのを見つけて思わず脱力してしまう。
「……えへ。見つかっちゃったでござる」
「えへ、じゃねえよ。安静にって意味、アンタ判ってんのか?」
「されど、体は元気でござるのにいつまでも寝ているなど……」
 だったら書でも読め、と言おうとして口をつぐむ。今幸村は片方の目しか使えないのだ。不慣れな片目での読み書きが大変なことは自分が良く知っている。
「……しかたねえな。餡でも作ってやる。材料借りるぞ」
「誠にござるか!!」
 ぱっと幸村は表情を輝かせる。いつもの、菓子や飯を作ってやったときと同じ反応だ。だから、余計にその顔を覆う包帯が痛ましかった。
 ごく自然にそれとなく視線を外して幸村に背を向けた途端、背後でガン、とものがぶつかる音がした。
(何?)
 振り返り――息を飲む。
 幸村が、蹲っていた。
「痛いでござるぅ……」
 幸村は顔を押さえて呻いている。
「幸村!」
 思わず声をあげ駆け寄った。
「大丈夫か!」
 傍らの卓に頭をぶつけたのだろう。だが幸村の手は包帯のあたりを抑えていて、ざああっと血の気が引いた。
「大丈夫でござる、傷口には当たっておりませぬゆえ」
 いたたた、と洩らしながら、苦笑とともにひらりと手を振った幸村は、差し出した手には掴まらず自力で立ち上がった。
 傷は避けたとはいえ、結構な勢いでぶつけたのだろう。幸村は未だに「いたたた、」と声を漏らして顔を酷く顰めてみせる。
「……気をつけろよ」
 行き場を失った手を緩く握り締め、その拳をゆっくり下ろしながら溜息とともに吐き出すと、幸村はようやく顔から手を離した。
「誠に見苦しいところを……」
「気にするな」
 頭を下げようとする幸村を押しとどめ、今度こそと背を向けた。


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瞼切ると本当に出血半端ないんですよね。

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あきゅろす。
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