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<4−2>
 低く唸る政宗を腕に抱えたまま、幸村は困った様子で首を傾げる。
「どうしたらよかろうか……」
 しかし幸村も政宗を床に下ろしたりする様子は見えない。
 どこか大事そうに政宗を抱きかかえる幸村を見やり、小十郎は空になった酒器を適当にまとめる。
 元々政宗は酒に強い方だ。それに自分の限界も判っている。
 それなのに、ここまで呑んだというのは、やはりこの童顔の男のせいなのだろう。
「おまえがいるから、いつもより過ごしちまったみたいだな……」
 その男は、おそらく政宗以上に呑んでいるのだろうが、やや顔は赤みを増しているものの、けろりとしている。
「これは意外な……ザルやワクであろうかと……」
「……むしろそれはてめえか」
「お館様には遠く及びませぬぞ」
「………」
 あの体躯と酒を鍛えた年月に思いを馳せ、ため息を漏らした。
 同じ水準で考えること自体おかしいだろう。
 まだ酒の残っている酒器を手に、幸村の向かいにどかりとあぐらをかく。
「……もうちょっと飲むか」
 酒器を差し出すと、幸村はにこりと嬉しそうに笑んで、ちょっと待ってくだされ、と腕の中の政宗をゆっくり膝に下ろした。仰向けになった政宗は、幸村の膝が心地いいのか大人しくしている。それを安心そうにみやった幸村は、みずからの杯を持ち上げた。
「頂戴いたす」
 注いだ酒は見事と言える呑みっぷりで一瞬で干された。成る程、このように杯を空けられては相手の政宗は調子を狂わされて潰されるはずだ。
 幸村は杯を置くと手を差し出した。返杯と心得て、酒器を渡し、転がってた杯を手にする。そこに幸村はなみなみと酒を注いだ。
 それを一息に干す。
「お見事な呑みっぷりでござる!」
 かたりと酒器を傍らの盆に置いた幸村が無邪気に笑った。その酒器に手を伸ばしながら思わず苦笑する。
「てめえに言われると面映ゆいな。どうだ、今度は俺と呑み比べてみるか」
「おお、喜んで! 競うとあれば、この幸村、敗けはいたしませぬぞ!」
 笑む表情に闘志をゆらめかせて頷く幸村に再び酒を注いだ時、膝の上の政宗が唸った。
 その声に二人して視線を下ろすと、不機嫌そうに眉をしかめ、ずるりと体を反転させる。
「政宗殿? 起きなさるか?」
 政宗は幸村の膝に顔を埋めたまま、片腕をじわじわと上げて、何かを探るような動きを見せた後、おむろにがしりと幸村の襟を掴んだ。
「ゆーきむるあーー?」
「うおぁ!?」
 手にした酒をあやうくぶちまけそうになった幸村はあたふたとしながらも何とか体勢を整える。政宗はもう片方の手も幸村の襟に伸ばし、そこに掴まるようにして上体を持ち上げた。
「さなだ、ゆきむらああああっ」
「あああ酔っ払いは大人しく寝ててくだされ!」
 間近で名を怒鳴られた幸村は、手の杯で動きも取れず、思わず怒鳴り返す。
「おまえなあ……」
 主君に向かっての暴言に、ひくり、と小十郎は一瞬こめかみを引きつらせるが、主君のそのへべれけ具合にそのまま口をつぐんだ。
 据わった目、微妙に回っていない呂律。
 確かに、まさしく、酔っ払いだ。
「政宗殿!? ひ、膝に乗らないでくだされ!!」
 人の膝にずりずりと乗り上げて、襟首をぐいぐいと引っ張るなど、一体どこの駄々っ子だろうか。
 このような醜態、幼い頃ですら見た事がない。
(いや……)
 幼い頃は、こんなふうに気を許す時間自体がなかった。
 人前で酔うなど――日頃の政宗であれば、酒気が回ったと自覚した時点で座を離れて酔いを覚ましたはずだ。
 それだけ、この男に気を許しているのだろう。
 そう思いをはせた時、一瞬耳を疑うような政宗の台詞が飛び込んできた。
「おまえ! こじゅーろうとばっかり仲良くしてんじゃねえよ!」
「な……」
 ずきり、とこめかみの痛みが増す。
(何を言い出すんだ、このお人は……!)
 遊び相手をとられた子供の戯言そのままではないか。
(いや……)
 遊び相手、ではなく。
 もしかして。
「……は、あの、……」
 幸村は目をきょろきょろとさせて、小十郎と政宗を交互に見遣る。
 虎の吾子は、意味が判ってないらしい。
 幸村の手から酒がこぼれ、政宗の衣にもかかるが、政宗は全く構わず、ずい、と幸村に顔を寄せる。
「まま政宗殿?」
 酒で赤らんだ目元ながら、やたらと迫力のある目付きに、幸村の顔がひきつる。
「おまえは! おれに!! あいにきたんだろう!?」
「……は、はあ……」
「だったらなあ……おまえは、おれの、……そば、に、いりゃ、いいんだ……」
「……あの、政宗殿……」
「ゆき、むら……」
 竜の眼がゆっくりと伏せられる。
 幸村は動けないでいる。
「………」
 いたたまれない。とても居辛い。
 ここで、幸村が政宗を引きはがしたりでもしてくれれば、そのまま政宗を寝室へ連れて行くと去ることも出来ようが、幸村は政宗に影を重ねられて、そのまま動けずにいる。
 どうしたものか、と知らず眉間の皺を深くした時、ひょひょひょ、と幸村の空いた腕が持ち上がり、こちらに向かって振られた。
「………片倉殿、片倉殿……」
「俺は何も見てない聞いてない」
 その手から逃れるように視線を外すと、違うんでござる、と情けなさそうな声。
「……政宗殿、寝ちゃったでござるよ………」
「……………」
 見ると、政宗は言いたいことを言ってスッキリしたのか、幸村の肩に頬を寄せてやたらと気持ちよさげに寝息をたてている。
(………)
 頭蓋を思わず割ってしまいたくなるような頭痛を覚えながら、もうそのまま寝かせてやってくれ、と幸村に頼み込んだ。






「それで、どうだ」
「……今のところは」
「……そうか」
「なかなか、難しゅうござるな」
「これだけ飲んでも、か」
「飲んでも、でござる」




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筆頭酒乱編。
最後にちゅーしてたのかは幸村だけが知る(筆頭酔いつぶれて覚えてない←)

政宗公はお酒で失敗することがままあった、というので、うちの筆頭には酔っぱらってもらいました。
でもそこらの人よりは強いと思うんですよね筆頭。
なんたって東北の男!!
……すいません、東北と四国と九州の人って強いイメージがあるんです……。
えっと、幸村公はお強かったんでしたっけ?


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あきゅろす。
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