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13.05.09〜
 ぼんやりとしながら眼を開けた。
 部屋の中は薄闇に包まれ、ずん、とどこか重たい空気を孕んでいて、それが上かけ越しにまるでのしかかってくるようで体が重い。
「…………」
 己の目覚めは大抵すっきりと健やかなもので、意識することなく体は寝床から離れるのだけれど、時折こうやって気怠さに身動きすらも億劫になるときがある。
 ――それは、過たず、同じ寝床に別の体温がある時なのだけども。
 時折、その温もりに確りと抱え込まれて動けない時もある。寒い時であれば、その温もりがまるで麻薬のようにじわじわと体を浸食して離れがたくなる時もある。不思議なことに暑い時期はその逆に離れたくなるのかと思いきや、汗の引いた肌は割とひんやりとしていて――相手の体温が己よりやや低いというところもあるのかもしれない――さらりとした肌心地は触れていて気持ち良く、やはり離れがたいものがあった。
 ――そんなわけで。
 常ならば惜しくもない寝床が、今はとてつもない引力でもって己を惹きつける。
 逆らえない。
 耳元を済ませば、ほんの小さな寝息が聞こえてくる。己はいつもの起床時間を体内時計が示して自然と目が覚めたのだけれども、彼の起きる時間はまだまだ遠いらしい。
 これならば少し、寝返り程度ならば、感覚に鋭敏な彼を起こすことはないだろう。
 反応の鈍い体をじわじわと動かし、彼へと向く。
 視界いっぱいに入ってくる、寝を共にする相手の姿。
 うっすらと唇を開いて、穏やかに繰り返される呼吸。いつもは厳しい表情を彩る柳眉や、誰もが引き込まれずには居られない鋭くも美しい隻眼は薄い瞼に覆われていて、双方ともほっと力が抜けていて、とても和らいだ表情をしていた。
 傍らで寝返りをうったことも、顔をのぞき込まれていることも、全く気付いていないらしい。
 それがとても嬉しかった。
 彼はとても厳しくて、己にも誰にも気を抜いた姿を見せてくれたりしないから。
(せめて休んでいる時ぐらい)
 心を緩めて預けてほしいと願っていたから。
 ――それが叶うことの喜びは、他の何にも代え難い。
 部屋の空気は相変わらず重くて、夜の気配をまだ濃厚に漂わせている。
 この空気を振り払って起床することも、気合いを入れれば出来るのだろうけれど――
(今は)
 もう少し、もう少しだけ。
 朝の日差しが夜を払い、日常が彼を覚醒させるまで。彼が寛ぎ、憩い、休むその時間をもう少しだけ共にさせてほしい――
 密やかに願いながら、体に重く被さり沈めようとする未明の空気に身を任せるように、瞼をそっと閉じて意識を沈めた。


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あきゅろす。
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