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フロイデ!<7>※完

 腹の奥から下部に感じる違和感に付きまとわれて、力が入らない。
(くっそぉ……)
 ここは気合いと根性だ。自分に負けてたまるか、と何とか奮い立つ。
「泊まっていけって言ってやりたいんだけれどな」
 惜しむように苦笑をもらしながら、彼はタクシーを呼んでくれた。バスまでの時間がもう判らなかったし、彼が持っているのはバイクの免許。バイクでは体がつらいだろう、という配慮だった。
(………)
 素直にありがとうと言いにくいそれにはこっそり感謝することにして、家に帰宅すると、すっかりおかんむりな母親が仁王立ちで出迎えてくれた。
 しかし、それも、政宗が「お引き留めして申し訳ありません」の微笑み一つで陥落した。一緒にいたのは教師と誤解していたはずなのだが、それもどうでも良くなったらしい。
 流石は我が母。好みは同じだ。
 乗ってきたタクシーに乗り込む彼を見送るのは意外とあっさりとしていたのだが、自室に入った途端に思わずぐったりと脱力してしまった。
(なんでこうなったんだか……)
 朝、家を出る時にこうなるなど想いもしなかった。自分の感情の自覚すらしていなかったのだから当たり前なのだが、それにしても。
(頭、パンクする……)
 今さっきまでのことが、実は夢だったのだと言われたら、それをあっさり信じてしまうだろう――この、下肢のだるさがなければ。
「……寝よう」
 ずるずるとベッドに這うように向かい、放置していたパジャマがわりのジャージになんとか着替えてベッドに潜り込む。
 布団を頭までひっかぶって目を閉じる。
 脳裏に浮かぶ記憶に追われる前に、急激に訪れる眠りの世界へと逃亡するようにダイブした。

    ◇    ◇    ◇

 停留所に入ってくるバスに乗り込む。
 山側から下ってくるバスはいつも生徒で満員になっており、自分が乗る頃には空席はないのだが、ぽつんと空いてる席があった。
 その窓側には片目を眼帯で覆った高校生が窓の外を見ていた。
 満員のバスの中。他に空席はないのに、誰もそこに座ろうとしない。
 傍らに立つ。
「今日は寝てないんですね」
 声をかけた途端に、ざわり、と空気が揺れた――気がした。
 窓の外を見ていた顔がこちらを振り返る。
「アンタを待ってたんだ」
 向けられるのは柔らかい微笑み。
 さっきは気のせいのように思えたざわめきは、今度は明確な音声となって車内に広がる。
(ああ、これで)
 春以上の騒動は間違いない。
 そんなふうに思いながら、その隣に腰を下ろす。
 すると、彼はいたずらっぽく笑いかけてきた。
「いいのか?」
「いいですよ。ってか、先輩、確信犯でしょう?」
「まあな」
 彼がいて、その隣が空いていて。
(座らないわけがないじゃないか)
 当然と余裕ぶった表情をしているのが小憎たらしいが、仕方がない。
 もうこちらの心の内はすっかり知られている。
 それに。
(たとえどんな騒動になろうと)
 彼の隣に座れるポジションを手放したくはない。
 ここに至る数ヶ月、避け続けた――意識し続けた時間を費やしてきたのだから。
「腹さえ括ればこっちのもんです」
 見せ物だろうと珍獣扱いだろうと、何とでもすればいい。
 その代わりに、得られた存在はあまりに大きいのだから。
「……アンタ、やっぱり上等だ」
 俺が惚れただけあるぜ。
 満足げな微笑みとともに、自分にだけ向けられた台詞に、満面の笑みでもって応えた。



〈 終 〉


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おつきあいありがとうございました!

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