フロイデ!<5>
特定の誰かを好きになったことなど、思えば初めてのことで。
それが何で男なんだか、と自分を全力で問いつめたいところだが、その疑念の彼を見ると氷解した。男だとか女だとか。先輩だとか騒ぎの火種だとか、もうそんな理屈がストッパーになりえないのだ――彼自身に魅力がありすぎて。
半年以上見てきたのだ。それでもこの感情がなくならないのなら、今更気にしようとどうしようもない。
戸惑いがないわけではない。
でも、それは、この自分の中に芽生えていた感情故のことで。
(まさか)
そんな想いを自分自身が抱えていたなんて思いもしなかったから。
――好きだ、なんて。
(うわああ!)
自覚した感情がぼふり、と熱になって噴き出す。
(ちょ、ちょっと待ってくれ!)
顔が、体が熱い。
まともに顔が見られない、というよりもうあげられない!
「お、俺……!」
自覚がなかった、とは言え、何やら大胆なことをやらかしてはいないだろうか。
好きな相手の家に押し掛け、茶をごちそうになり、夕飯までもらおうとしていた。
(図々しいだろう!)
これでは呆れられてしまうにちがいない。
わたわた、と慌てて足下の鞄をひっ掴む。
「おい、真田」
「帰ります! お邪魔しました!」
バス数停分がなんだ。ダッシュしてやる。夜道で少しは頭も冷めるだろう。そうだ。そうしよう。
「バカ」
そして立ち上がろうとした途端、ぐい、と後ろ髪をまとめて掴まれた。
「ぅわ、痛!」
がくん、と引かれるままに座り込んだのは――伊達政宗の、膝の上。
「うわああ!」
「逃がさねえっつっただろ」
後ろから、腕が、腰に、
「だ、伊達先輩、先輩!」
「ああ、やかましいなアンタは」
腰に絡みついた腕が、ぎゅう、と締め付けてくる!
悪態つきながらも声は楽しそうで。
近くて、耳にかかるのは吐息。
(〜〜〜!!)
息が止まりそうだ。頭の中は軽くパニックなのか言葉が出てこない。その間に、なぜか足の間に座り込まされ、ぎゅう、と抱き直された。
「ああ、やっぱりアンタ、抱き心地いいな」
「や、やっぱりって、やっぱりって!」
「初めてアンタに逢った時にも思ったんだよな。アンタの隣は居心地がいい。俺があんなふうに寝るなんて自分でも驚いたんだぜ?」
もたれ掛かってきた時の重み。体を預けられる、それは信頼感にも近いもので。
思えば、あの支えた時には、もしかしたらこの想いの種は蒔かれていたのかもしれない。
くすくす、と耳元で低い笑い声。
「今日、寝こけてるアンタを見つけた。わざとアンタの隣に座ってみたら今度はアンタが寄っかかってくるんだ。それが嫌じゃない。むしろ嬉しい。――妙なもんだ、人と接触することなんて嫌いな俺が」
こんなふうに、と、絡む腕に力が入る。
「もっと、触れたいと」
背に感じる自分のものではない体温。それが、ひどく落ち着かない気持ちにさせるのに――たまらなく心地いい。
「!」
不意に首筋に触れた柔らかいものに、びくり、と身体が跳ねた。
「な、な……何……」
「美味そう」
「え? ……な、っんん!」
かぷり、と首にやわく歯を立てられる。痛みはなかった。しかし、それとは全く別の、奇妙としか言えない感覚に声が上擦る。
「な、にを……してるんですか……っ」
「目の前にこんな美味そうな獲物がいて……食わねえわけねえだろ」
「獲物って……食うって、あの!」
あまりに不穏なその響きに慌ててみるが、しなやかに締めるその腕は苦しさはないのにロックしたかのように外れない。
ちゅ……、と濡れた音と感触が耳に直に飛び込んでくる。
「……っ……!」
「上等……」
身をちぢ込めた途端に包むように、より身深く抱き込まれ、いっそう近くなった距離――というより増えた接触に動けなくなってしまう。
「ぅ……あ……」
ばくばく、と心臓が強く打つ。この脈音はこの触れてるところから彼に伝わっているに違いない。
(恥ずかしい!)
自分の緊張がダイレクトに相手に知れているのだ。そして何より恥ずかしいのは――こうやって抱きしめられることが嫌ではない、ということだ。
「……やべ、マジで食っちまいそうだ」
強さを増した抱擁に熱い吐息。
「アンタ、可愛すぎる……何で逃げねえんだよ、馬鹿」
こつり、とこめかみに触れた額。そして躊躇いがちに、そっと唇が頬に触れた。
どくん、と強く打つ胸が痛い。
「……このままじゃ、アンタを押し倒しちまうぜ?」
「……っ……」
「男にヤラれていいのかよ」
言いながらの片手が襟にかかって、しゅるりと制服のネクタイを緩めた。ボタンが一つ外されて、喉元が緩む。そこに差し込むようにひんやりとした指が忍び込み、まるで首の動脈を辿るように這い上ってきた。
「ン……!」
「……そんな反応されたら逃がしてやれなくなるだろうが……」
「そ、んな……こと……言われても……」
喉が震えてしまって、声もまともなものが出せない。ただ小さく首を横に振るしか出来なかった。
「マジやべえ。とまんねえ……」
ざわり、と腰で蠢いた手は足に触れてきた。制服越しに太腿を撫でたその手は内股へと這いながら移動し、徐々に登ってくる。
「ちょっ……先輩!」
その、辿る先は。
「確かめさせろよ」
「だ、駄目ですよ!!」
その手をがしりと両手で掴んだ時――その手は、すでに、付け根に触れてしまっていた。
「――!」
「……勃ってやがる」
「言わ、……い、で……!」
上昇する脈と一緒に、体温が上がっていく。その逃げられない熱が一つの場所へと集っていく――それを、あっさり知られてしまって。
「……ぅ……」
恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくて、じわり、と熱いものが目に滲んでくる。
(こんな)
ただ触られただけで、反応した自分はなんて嫌らしい身体をしているのだろう。しかも相手は男で。好きになった人だとはいえ、その自覚もつい今し方のことで。
(どうしよう)
こんな劣情、知られたくなかったのに。
泣きそうなほどの苦しさに胸を詰まらせながら、ぎゅう、と掴んだ手を握りしめる。すると、その手はゆるりと場所から離れて自分の手の中で反転し、指を絡めるようにして握りかえしてきた。
「いいのか、アンタをこのまま抱いても」
その声に宿るのは――思い違いでなければ、自分の中に満ち始めたのと同じ種類の情愛。
(まさか)
呆れるとか幻滅とか、そういうのじゃなくて。
「……答えられねえよな……なら、もう答えなくていい、アンタは強引にヤラれたんだと思っとけ」
本気で、求められてるのなら。
(そう、なら)
同じ想いを、情欲を自分にも感じてくれているのなら。
この胸にこみ上げてくるのは――歓びだった。
「……ち、がう……」
向けられた言葉に首を振る。
「An?」
「無理矢理、じゃな……い……」
何度も逃げろと言ってくれた。それなのに、逃げずに留まったのは自分自身だ。逃げられなかったんじゃない。逃げなかった。そこにあるのは、明確な自分自身の意志。
(抱きたいと思ってくれるのなら)
――それに答えたい。
「……アンタ、上等だ」
一瞬声を詰まらせた彼の瞠目した気配に緊張したのは一瞬。
直後に抱きすくめられたその力の強さに、受け入れられたのだと安堵と至福のため息をついた。
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次回は18禁になります……
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