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11.07.04〜


 七夕なんだから書け、と政宗に蒼と紅に染められた短冊を渡された。
「ううむ……」
 悩みながら擦った墨は、気づけば非常に濃いものが出来上がっていた。
 筆の穂先に含ませて和紙に滑らせたら、さぞや黒艶のある字が書けることだろう。
「うむぅ……」
 短冊に向かって腕を組み、深く深く考え込む。
(御館様の天下統一……)
 奥州でそれを願い事と書くのは流石に憚られる。
(武芸の上達……)
 それは己の努力次第だ。星空に願うことではない。
(甘味が食べたい)
 ……あまりに小さすぎる。それに、この願いならばじきに奥州筆頭手ずからのずんだ餅によって叶えられるはずだ。
「うぬぅうう……」
 深く思い悩んだ末、やはりこれか、と意を決して筆を手に取った。


 さらさらと笹が風にそよぐ。
 そこには色とりどりの飾りと短冊が、そこに記された願い事を夜空の星に向けて己を見よと主張するかのように夏夜の風にひらりひらりと泳いでいる。
 夕餉に出された酒精を舐めるだけで眠りに沈んだ深紅の好敵手に羽織をかけた隻眼の竜は、縁側に出て笹の飾りへと手を伸ばした。
 お祭り好きの伊達軍がよってたかって飾り立てた派手な笹飾りは別にある。
 ここにある短冊は、幸村と己で書いたささやかなものだ。
 風にそよぐ短冊を手にする。
 そこには、優美とは言えぬが生真面目な性格を現したような字が、一画一画丁寧に書き付けられている。
「……アイツらしいな」
 そこに書かれているのは『無病息災』。
 多少の不調も気合いで吹き飛ばす鍛錬馬鹿の紅蓮にはあまりにらしくて思わず笑みがこぼれる。
 幸村に渡した短冊にはどちらも同じ四字熟語。
(色気のねえこった……)
 腹一杯の団子がほしい、などと童のような願いを書かないだけまだマシかもしれないが、とおそらく幸村の頭にはよぎったであろう稚い願いを思い浮かべ、くつりと小さく喉を鳴らす。
 そのとき、さらり、と涼やかな風が吹いた。
 手にしていた蒼い短冊が風に煽られて翻る。
「……何……?」
 逞しさすら感じさせる筆遣いで書かれた文字の、その裏の隅に書かれた、米粒ほどの文字が目に入る。
 手に取っていなければ、風にそよぐばかりではきっと気づけなかっただろう、小さく控えめな数文字。
 それを読み取り、思わず政宗は室の幸村を振り返った。
 蒼の羽織を肩にかけたまま、政宗の脇息を抱きかかえるようにもたれかかって眠るのは、愛しい紅。
 すやすやと、安らかに眠るその寝顔。緩く下がった眉尻、柔らかく笑む唇。
(一体、どんな顔をして)
 この書き込みをしたというのか。
 ――そしてどんな思いで文字を刻んだのだろう。
 政宗は一人眠りに身を任せる虎の仔へと足を向ける。
 その傍らに膝をついて幸村の耳元の髪をそっとかき上げ、露わになった形の良い耳へと小さく口づけを落とす。
「……起きな、My dear」
 気持ちよさ気にしているのを起こすのは悪いが此処は竜の城。己が主。
 多少の我が侭は通させてもらおう。
「Tell me……聞かせろよ」
 墨の筆が語る文字ではなく――破廉恥という盾の内側で日頃己の想いを告げようとはしない唇から紡ぐ言の葉の響きを。

 眠りから揺り起こされた幸村の瞼がふるり、と揺れる。 
 その双眸が開かれるのを待つ政宗の髪を、夜風が柔らかく撫でていく。
 その風がひらめかせる短冊に書かれた小さな祈りの言葉を当人たち以外に知るのは、風と夜空ばかりだった。

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マイミクさんから蒼紅色の短冊の写メを送ってもらって、滾って出来たSSでした。


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あきゅろす。
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