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<6−3>


 まっすぐに向かう槍の軌跡。その槍裁きは幸村の魂のあり方そのままで、そのStraightな感情はまさしく、己に向けられていた。
(俺のために)
 その力を使おうとした。
 好物の団子を前にしてすら手を出さず固く拳を固める幸村のその手に己の手を伸ばす。
「政宗殿?」
「……Thank you」
 小さく震えすらするその手を包むように被せると、幸村は、はっと顔をあげた。
 その眼差しを受け止め、小さく呟くように伝える。
「おまえに、助けられた。あの時、おまえが石を投げなければ俺は斬られただろう。おまえが、この串で立ちはだからなければ、やはり死んでいた。……二度、おまえに救われた」
 そしてこの心も。
 あの時、暗い淵に落ちかけた己はいっそこのまま死んでやろうかとすら思ったのだ。
 しかし、この目が。魂が。――この光輝が掬い上げて、己を繋ぎ止めた。
「小十郎に言われたよ。俺の命は奥州そのものだと」
 幸村はこくり、とうなずいた。
 武将である幸村は、考え方は国主の己よりも小十郎の方に似ているのかもしれない。
 あまりに当然のこと、という反応に思わず苦笑する。
「……実際のところ、俺が死んだとしても伊達も奥州も変わりはねえよ。頭が別のものにすげ変わる、それだけのことだろう?」
「それは本気ではございますまい?」
 小十郎ならば瞬間に拳が飛んできてもおかしくはないことを口にしてみると、幸村は意外にも冷静に応えた。
「政宗殿が奥州を統べているからこそ、今の奥州の繁栄がござる。政宗殿がまとめ上げられたが故に今の屈強な伊達軍がござる。他の誰かでは成しえなかったこと――それを“それだけ”とは、思ってはおられますまい?」
 かぶせた手の内で、幸村の手がするりと解けて今度はこちらの手を握ってきた。その手からはすでに震えは消えていた。
(あたたかい)
 それは、あの社で腕におさめた暖かさそのものだ。指先から、手先から、じんわりと流れ込むその熱は、ささくれた心へと染み渡る癒しの水のようだった。
「この手が成し、この手が作り上げたもの――それを昼に城下で見せていただきました。城下の者たちはとても楽しげに暮らしている様子でござった」
 活気にあふれた城下の町。
 確かに、あれを眺めた時に胸に湧いたのは誇らしさだ。己が成したのだという喜びだ。
「伊達軍のみなが、“筆頭”と呼び慕っているのは、政宗殿でござろう?」
 荒ぶる武者たちが、己を頭と認めて従い、強大な力となってくれている。
 それ故に、奥州を統一し天下への道が拓けたのだ。
 そして、と幸村は静かに続けた。
「この幸村の――某の胸を底から滾らせ、熱くさせるのは、他ならぬ政宗殿ではありませぬか」
 握られた手から伝わる熱。それは極一部なのだというように、幸村はきつく握ってきた。そのわずかな痛み。だが不快には思えなかった。
 それほどに握られていることに、心のどこかが安堵すらしている。
(……情けねえ)
 幸村に甘えているという自覚は、あった。
 幸村は実直な男だ。
 弱いところをさらけ出した自分を見放す真似などしないだろう――そんな計算が頭のどこかにはあった。
(情けねえ)
 伊達の当主と立ち、戦場に立つことを決めたその時から、己の弱さをこれほど目の当たりにしたことはない。
 依存しているわけではない。だが、心のどこかを引き剥がされたかのような痛みと空虚さを幸村の熱さが埋めてくれるのだ。
 きっと、これが『癒し』と呼ばれるものなのだろう。

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1年以上ぶりの更新です……
よわよわ筆頭でごめんなさいー!

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