11 取り急ぎ向かった父の居室には、小十郎がいた。 小十郎の所用というのは父との話だったらしい。 何の話かは想像もつかないが、自分が知る必要があることならば必ず後で話があるだろう。 とりあえず今は、と父に向き合う。 「すまないね、鍛錬中に呼び出して」 相も変わらず穏やかに微笑む父に、軽く首を振った。 「いいえ、かまいません。稽古着のままで良いということでしたのでそのままで参りました無礼をお許しください」 「ん?」 おや、と父は軽く首を傾げた。 「私は稽古着で、と伝えたつもりだったんだが……どこかで変わってしまったようだね」 「え?」 「まあいい、結果としてその姿で来てくれたのだからね」 今度はこちらが首を傾げる番だ。 稽古着で来い、ということに加えて、小十郎がいるということは、日頃の成果を見せろと言うことなのだろうか。 「実はね、片倉に養子を迎えることになったんだよ。歳はきみのふたつ下だったか……なあ、景綱」 「は」 同意を促された小十郎は、軽く首肯する。 「小十郎にとっては義理の弟。兄弟揃ってきみの近侍として仕えてもらおうと思う」 「……父上」 父のこの様子ならば、新しく小十郎の弟となる者を見知っているのだろう。小十郎と共に、これからの己を支えることになる重要な人物。 (だけど) 気になるのは別のことだ。 今、片倉の家には弁丸が預け置かれている。 そこに、新しい子供が入って、弁丸は居心地悪くなっていやしないだろうか。 (それに) 自分の隣に立つのは、弁丸だ。 それが小十郎の『弟』であろうと他の誰にも許すつもりはない。 小十郎もそれは判っているだろうに、と視線を向けると、小十郎はややうつむき加減に顔をふせたままだ。こちらに視線を向けようとはしない――いや、向けられないのだろうか。 父はとても上機嫌のようだ。余程その「弟」が気に入っているらしい。 この父がそこまで気に入るのだから、子供ながらに優秀な人材なのだろう。しかし、己が必要としているのは弁丸なのだ。守り支え、そして共にいたいのは。 父に向き直り、背筋を正す。 「では、その者とこれから手合わせせよ、ということですね」 稽古着で来い、という本来の父の指示。その意味するところを突きつけてみると、父は満面の笑みでもって返してきた。 「流石は梵天丸。勘が良いね」 「それくらい判らないわけがありません」 あっさり肯定されると面映ゆく、素直に受け止められずに毒づいてみると、くすくすとおかしそうに父は笑った。 「しかし二つ下の子供が俺に敵うとお思いですか」 それは傲慢な言い方だが、子供世代で一番という自負がある。それにこの歳での二つ違いは大きい。こうやって、手合わせをさせようというのだから、その子供も強いのだろうが、同年代での強さと自分との強さには差がある――時宗丸が言っていたように、大きな差があるのだ。 すると、父はふっと含むような笑い方をした。 「梵天丸は聞いてはいないかい? 小さい杖使いの噂を」 「杖……!」 それはもしかして。今し方聞いたばかりの。 思わず浮かべた表情から既知であることを悟った父は、そう、と頷いた。 「彼のことだよ。実はね、彼はきみに仕えたいと私と景綱に訴えてきたんだ。だから私たちは条件を出した。きみの側近に相応しいだけの力をみせてごらん、とね。すると彼はそれを証すために城下を駆け回ったんだよ」 「俺に仕える為に……?」 「元々才のある子だったけれどね、必死だったようだよ。なあ、景綱」 「……は」 父は非常に楽しげだ。 小十郎は無表情を装って礼を返す。 「…………」 なんだろう、この違和感は。 何故父はこれほどまでに機嫌がよいのだろう。小十郎はかたくなに顔を上げないのだろう。 内心首を傾げてみるが、その違和感も形のあるものではなく、ふわふわとぼやけたものでしかなくつかみ所がない。 (鍵になるのは……) その『弟』か。 ならば、会うしかないではないか。 「では、俺が相手してその才とやらを確かめてみましょう」 膝を立てると、父の側近の一人が木刀を差し出してきた。準備がいい。 父は頷くと、手を叩いた。 それを合図に障子が開く。 「!」 濡れ縁の下で、跪く子供が一人。 傍らに棒――木杖を置き、頭を垂れている。 小柄な身体つき。後頭部で一つにまとめた、長い赤毛。 (……まさか) 息が詰まった。 嘘だ、と思い、嘘じゃない、と思いたい気持ちがぶつかりあう。 自分が間違えるわけがない。 だが、記憶にあるよりも少し大きくなっているから。少しだけ違っているから。 「……、……」 名を呼びたい。だがもし、万が一、違っていたら。 そのときは、永遠に失ってしまいそうな気がして、喉がからからになった。 子供は、顔を上げない。伏せたままに、ぴくりとも動かない。 顔が見たい。見たくない。声を聞きたい。聞いていいのか。 逡巡する思いを持て余す己の前で。 子供が、口を開いた。 「片倉小十郎景綱の弟――弁丸にございます」 名乗り、そして己に向かってあげられた顔は――眼差しは、まっすぐに自分に向けられていた。 それは、あまりに記憶のままで。そのままで。いや、それ以上に強い力で。 射貫かれ動けない己は、情けなくも何も言えなかった。 「梵天丸。さあ、手合わせを」 いつの間にか傍らに立つ父が、肩を抱く。見上げた父は、満面の笑みを浮かべていた。 --- 再会おめでとう梵ちゃん! [*前へ] [戻る] |