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 剣術の指導は小十郎だった。基本的には一対一だったが、時折、従弟の時宗丸が加わることがあった。
 時宗丸は、病床に駆けつけた数少ない一人だ。疱瘡に感染しないように会うことは全くなかったけれど、閉めた戸の向こうで「梵ちゃーん! 早く遊ぼうぜー!」と声をかけてくれた。調子に乗るだろうから本人には絶対に言わないが、それは確かに励みになった。
「やっぱり梵ちゃんは強いよなあ」
 小十郎との稽古の予定だったが、所用があるとかで外した為に、今日は時宗丸との打ち合いだった。
 数度、木刀を合わせた後、時宗丸が音を上げた。休憩ー!と木刀をおろして縁側に座ってしまう。
「だらしねえな、まだ始めたばっかりだろう」
「梵ちゃんの相手をえんえんと出来るのは小十郎ぐらいです! もう大人でもそういないでしょ」
「うるせえな、ぐだぐだ言わずに相手しろよ。おまえだって俺の次程度にガキじゃ強いんだから」
「俺との間にある差の大きさを理解してくださいー」
 侍女が用意してくれた水を手に取って片手を万歳、とあげてしまう時宗丸に苦笑して、仕方がないとその隣に座った。
 稽古で火照った体には水は少しばかりぬるくても心地よく流れていく。
「そうそう、梵ちゃんに話したいことがあったんだよ! ちびっこ杖使いの噂は知ってる?」
「ちびっこ杖使い……?」
 時宗丸の言い方は多少ふざけていてわかりにくいことがある。
「そう! ガキの杖使いが伊達のめぼしい武将宅に押し掛けては、そこの子弟相手に勝負を挑んでるって話」
「なんだ、それは」
「最初は稽古場に押し掛けてたらしいんだけど、そこじゃ勝負にならなくて、もっと強い相手をって鍛錬積んでそうな武将の家に押し掛けてはそこの子供とか……相手によっては二十歳前後あたりの野郎相手に勝負挑んでことごとく打ち勝ってるっていう話」
「なんだそれ!」
 思わず声をあげる。
 若輩とは言え大人相手に勝ちを収める子供が自分以外にもいたというのか。そんな話、聞いたこともない。
 むくり、と胸の内に熱がこみあげる。
(やってみたい)
 その子供と。
 その子供は己より強いのだろうか。子供世代で一番と自負してきた、その自信を砕くほどに。
 大人ともやり合えるというのならば、きっと実力はそれほど変わらないはずだ。
(やりたい)
 そう思えたのは初めてのことだった。
 強くなりたい、とは思っていた。だが、誰かと剣を交えてみたいと思ったことはなかった。
 闘志をわかせた自分を見遣って、時宗丸が、にやん、と笑った。
「梵ちゃんの負けず嫌いは相変わらずだねえ……ま、頑張って俺たちの敵討ちしてくれよっ」
 べちり、と肩を叩かれる。
 遠慮のない力のそれに軽く顔を歪めて、時宗丸をにらみかえす。
「俺たち……って、おまえもやられたのかよ」
「えへ」
 時宗丸が小さく舌をのぞかせて肩を竦める。たとえば弁丸がすればかわいいのだろうが、その仕草は、むしろ、勘に障る。その衝動のままに、さきほどのやり返しと後頭部をはり倒した。
「いったいな梵ちゃん!!」
「うるせえ! それに、いつまで俺をそんなふざけた言い方で呼ぶんだよ!」
「いいじゃないか! 梵ちゃんは梵ちゃん! ……俺のことも時ちゃんでいいんだよ?」
「誰が呼ぶか!!」
 梵ちゃん冷たいー、と泣き真似をする時宗丸に思わず脱力する。
 このふざけた従弟は、それでも強いのだ。
 その時宗丸を負かすという――ますます、やりあいたい。
「で、どういう奴だよ、その『ちびっこ杖使い』」
「ん、ひょっこりやってきたんだよ、たのもー!って。いやーもう強かったよー。杖ってことを差し引いても俺じゃ相手になんないなんない!」
「……おまえ、年下に負けたんならもうちょっと落ち込めよ……」
「だって、まじ強かったんだもん」
 ほら!と時宗丸は袖をめくりあげた。そこには一筋の赤い痣。杖で打ち据えられた痕だ。これだけ鮮やかに入ってるということは、防ぐどころではなかったのだろう。
 ぞくぞく、としたものがわきあがってくる。
 時宗丸相手にこれならば、きっと自分とも良い勝負が出来るはずだ。
 強い者を相手にしたい、というのは武芸を嗜む者ならば誰でも持つ欲求。それをようやく自分も得た。それに。
(そいつを倒せなけりゃ……)
 きっと弁丸に合わせる顔がない。
 誰よりも強くなると決めたのだ。
 伊達の家中の誰より――そうだ、天下の誰よりも。
(勝ってみせる)
 それがどんな相手だろうと。
 ぐ、と木刀を握りしめた時、失礼します、と小さな声をかけて侍女が傍らに膝をついた。
「梵天丸様、殿がお呼びでございます」
「父上が?」
「はい。稽古着のままで良いので速やかに、ということでございます」
 着替えも必要ないほどの火急の用。
 一体何事か、と思わず時宗丸と顔を見合わせた。


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成実ちゃん(時宗丸)登場ですー。
なんてよくしゃべる子なの…(笑)



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