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<6−2>
 幸村は手に団子と茶が乗った盆を手にその場に立ちすくんでいる。
 小十郎が退出したとき、戸を開けたままにしていたのだろう。
「……お邪魔、でしたか」
 視線を重ねたままいくばくかの時が流れたあと、ゆるり、と頬を緩めてみせた幸村が小さく首を傾げる。
「……いや、……」
 己でも情けなくなるようなnegative思考に身を任せていたのが気恥ずかしくもありきまりが悪く、肯定とも否定ともつかぬ曖昧なニュアンスで応えると、幸村は静かに室内に足を踏み込んだ。
「昼の茶店の主人が……某がこちらに身を寄せていることを知って、わざわざ団子を届けてくださったのです。一緒にいかがかと」
 まともに夕餉もとっておりませんし、と微笑まれると、自覚していなかった空腹に気づかされた。
 昼餉をとり、城下に降りた。それから、何も飲み食いしていない。
 確かに、腹が減っている。喉も渇いている。
 幸村の盆の団子や茶がとても美味そうだ。
「……っ」
 思わず吹き出した。
 命をねらわれようが、殺されかけようが、思考を闇に持っていかれようが、腹は減るらしい。
「政宗殿?」
 突然笑いを漏らした己を訝しげに見る幸村に、なんでもないと首を振って手招いた。
「せっかくの主人とおまえの気遣いだ。ありがたくいただくぜ」
 畳にどかりとあぐらをかくと、正面に幸村が座り、膝と膝の間に盆が置かれる。
 皿に盛られた団子、二つの湯呑み。
「……おい」
「はい?」
「おまえ、どれだけ外にいたんだ?」
 手にした湯呑みは指先を暖めるほどの熱はあるが湯気はすでにない。
「…………ええと」
 バツが悪そうに視線を浮かせる幸村にじっと視線を据えると、観念したように、片倉殿とのお話の最中から、とぼそりと応えた。
「盗み聞きなど、するつもりはございませなんだが……」
「まあ、特に声を潜めたわけじゃねえし、小十郎の怒鳴り声は筒抜けだったから気にすることはねえよ。……まあ、カッコ悪いところ見せちまったがな」
 団子を一本とり、先端にかじりつく。
 出来立てほどではないが、充分に柔らかさをたもったそれを甘辛い餡と共に口の中で堪能する。
 しかし、今一つ味が冴えなかった。
 作り立てではないからか。それとも――。
「心配に、なり申す」
 突然、ぼそりと幸村が呟いた。
「Ha?」
「……政宗殿が心配でござる」
 幸村の膝の上の手が小さく拳を作っていた。
「政宗殿の姿が見えなかった時、心の臓が縮みあがりました。探して走っている時、不安で苦しかった。刃を振りあげている男をみた瞬間、頭がまっしろになった」
 そして、とっさに石を投げていた、と続けた。
 自分の拳へと落ちた視線、俯き加減の顔からは表情はよく見えない。
 しかし、どこか淡々とした――否、押さえ込んだような口調は、今までの幸村のそれとは対極のようだ。
「今ならば、刃をねらえばよかったのだろうとおもいます。されど、某は」
 両の拳をゆるりと持ち上げて、胸の前で何かを絞るようにきつく握りしめた。
「あの男を、殺してやる、と思いました」
 幸村の声が震えた。
「……幸村……?」
「某は戦場以外で人を傷つけたり、ましてや殺めたことはござらぬ。されど、あのときは、殺すつもりで投げた」
 刃ではなく、こめかみという人体の急所に直撃した石。あの男は血を流して倒れた。
 あれが石ではなく武具なら、きっと一撃であの男は死んだだろう。
「………」
 それきり、幸村は黙り込んだ。
 あまたの戦場を駆け抜け、武田の一番槍と名を馳せておきながら、その握った手がわずかに震えていた。
(ああ、そうか)
 幸村は今まで自分の意志で人を殺めたことがないのだろう。
 すべては、そう、“お館様のため”。
 その為ならば、人を――そして己を傷つけ、命を落とすこともかまわない。
 その幸村が、自分の意志で人を殺そうとした。
 その殺意の闇に、幸村はおびえているのだ。
 戦場を駆けるには腹立たしいほど覚悟のない、未熟なその意志。
 しかし、じわじわと沸き上がってくるのは苛立ちや腹立たしさではなく歓喜に近かった。

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元々プロットはあって無きのごとしでしたが、
筆頭がどんどん予定外の方へと突っ走ってくださるので、
この先のプロット握りつぶしました(笑)
ということで、この先の展開は私にも判らなくなりました。
日記連載のごとく行き当たりばったり展開です(笑)

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あきゅろす。
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