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沫雪


沫雪は千重に降りしけ
恋ひしくの日長き我は見つつ偲はむ
(万葉集 巻十 二三三四)


 ふわりふわりと空から雪が舞い降りた。
 手のひらでやわらかく融ける沫雪だ。
 降る毎に積もる雪と違って儚いそれはとても物悲しい。
 道を閉ざす雪は腹が立つ程なのに、沫雪に対してはそう感じるのだから、人とは勝手なものだ。
 自嘲めいた笑みを浮かべながら庭に降る雪を見遣る。
 縁側は寒いけれど、掻巻に包まれていて肌寒さは感じない。
 むしろ、ここのところ下がらない熱でぼんやりとした頭を冷たい手が撫でてくれているようで気持ちいい。
(……政宗殿……)
 冷たい手をした人を思い出す。
 奥州の王は雪国の主に相応しく冷たい手をしている。
 ――おまえは暖かいな
 両頬を包むように触れて笑う声が脳裏に蘇った。
 冷たい冷たいと悲鳴をあげる自分を楽しげに見て、首筋に触れ背に突っ込もうとしたり悪ふざけをしたのは、もう随分遠い日のようだ。
 そう、まだ奥州にも上田にも雪が積もらない頃。
「……忘れてしまいそうだ……」
 今でもだんだんとおぼろげになる声。姿。
 ――悪かったな 怒るんじゃねえって
 くすくすと笑いながら包み込んでくれた、手とは違う肌の熱。
 忘れたくないから、何度も何度も触れて、何度も声をせがんだのに。
 差し出した手の平に、ふわりと載った雪が泡沫のように融ける。
 記憶など、この沫雪のように儚いものだ。
 ただ、確かに在るのは、この胸の恋情。
「政宗、殿……」
 名を呼ぶたびに募っていく慕情。
 もうどれだけ経った?
 あとどれくらい経てばいい?
 ――逢いたい。
 ふわりふわり、と降りしきる雪。
 つもることなき沫雪が、幾重にも降り積もったならば、あの人に逢うこともあるだろうか。
 ひんやりとした空気が、彼の手のようにさらりと額を撫でる。
 その心地よさに目を閉じた。

 さくり、

 おぼろげになっていく意識のどこかで、雪を踏みしめる音が聞こえた気がした。
 気だるくて目を開けることができない。
 刺客、ではない。殺気はないから。
 しかし。
 次の瞬間、地を蹴る足音と同時に風を切るような気配に包まれた。
「……何やってんだ幸村……!!」
 力強い腕。――冷たい、手。
「こんなところで寝る馬鹿がいるかよ!」
 記憶の中でぼんやりとしていた声が、焦ったような怒ったような響きながら鮮明に、耳元で。
 捕らわれた腕の中で、ゆるりと目を開く。
 蒼い陣羽織に、うっすら積もった白い雪。
「まさ、むねどの……?」
「何、やってんだよ……! 具合悪いって使いから聞いて飛んできたらコレだ! 馬鹿野郎!!」
 ぎゅうう、と胸に押し付けるように抱きしめられながら、掻巻から腕を抜いて、冷たく濡れた背に回す。
 指先が政宗の黒髪に触れた。
 冷たく濡れた髪。
 きっと、雪が融けて濡れてしまったのだろう。
 己よりもずっと冷えて、ずっと濡れて凍えているのに。
「政宗殿」
 己の身を案じてくれる、愛しい竜。
(来てくれた)
 胸の内が込み上げる暖かいものに満たされる。
「お逢い……いたしとうございました」
 雪のように融けない確かな存在を腕の中に感じながら、幸村は微笑んだ。
 その微笑みはふわりとやわらかいものだったが、沫雪のように儚く消えはしなかった。




ぬばたまの黒髪濡れて
沫雪の降るにや来ますここだ恋ふれば
(万葉集 巻十六 三八〇五)


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友人誕生日に何かー!と思ったのは良かったんですが、お祝いの雰囲気になってないのは何故。
幸村暗いし。
筆頭出番少ないし!
単に自分の趣味だろう万葉集とか!!orz
…うん、ごめん、完全自己満足なんだけど………
サイト改装した暁に、もし、にぎやかしにでも使ってもらえたら嬉しいよ…!!
ともあれ、誕生日おめでとう、Hさん!

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