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囚われの選択

 最初から無謀だったかもしれない。
 こちらは戦続きで疲労困憊、向こうは休養ばっちりの意気揚々。
 だが、そんなもので勝負を諦めたくはなかった。
 元々「勝てる」と思って挑んできたわけではない。
 この身のうちの高ぶり、衝動、そういったものに任せて勝負してきたのだ。
 それを誰よりも知る男は、満身創痍の己をみて、片眉を上げる程度の反応でその六爪を手にしてくれた。
 全力勝負。
 それを見た己は間違いなく笑っていただろう。


 だが、体の反応は気力だけで補えるものではなかった。
 結局わずかな傷一つも付けられないままに奪われた二槍は遠く地に伏せ、銀にきらめく刃を泥に浸している。
「くっ……」
 唇を噛んで、今や唯一の武器となった拳を固めるも、ぐいとまとめた後ろ髪を捕まえられた。
 人は後頭部を掴まれると身動きがとれなくなる。
 顔を動かせず、間合いを取れず、無防備に近くなる。
 竜の眼がギラリと輝いた。
「選ばせてやるよ、真田幸村」
 片手に爪を三つ煌めかせたまま、奥州の猛る竜が言を継ぐ。
「生きて俺の物になるか、死んで俺の物になるか、どちらか選ばせてやる」
 どちらにしても、おまえは俺の物だ、と勝者の笑みを浮かべた竜は、その目に浮かぶ欲を隠そうとしない。
(ああ……)
 どちらを選んでもきっと変わらない。
 竜はこの身をおのが糧とし、天を翔け巡るのだろう。
 しかし――ならば。
「お断り申す……!」
 竜が天を翔るならば、地にありて吠えてこそが虎。
 ここで、たかが一つの敗北で、終わらせてたまるものか。そしてやすやすと、この虎が手に入るなど大間違いだ。
 たとえ、この身を食らわれても、それは単なる肉。容れ物。
 真田幸村は、この心、魂にこそ在る。
 生きようと死のうと、竜の手に堕ちるつもりはなかった。
「Ha……」
 政宗は口元を歪めて笑みをみせた。
「なら、貸しを一つだ」
 髪をつかんだ手に力がこもり、ぐいとあおのかされたところに竜が顔を寄せた。
 至近距離の怜悧な隻眼に宿るのは、たぎる熱情。
「今は……これで許してやる」
 瞼に隠されることなく、射すくめる眼差しをにらむように見つめたままふれあったのは互いの唇。
 舌先に鈍い鉄の味を感じた。
 それは、己の唇ににじんでいた血のそれだ。
 汚れた口の端を舐めとりながら、政宗は唇を重ねたまま笑みを刻む。
 凍みるような痛みと血の味が生々しく、色事めいた行為はまるで斬りつけられるような錯覚をもたらした。
 ゆっくりと髪が解かれる。
 自由になった髪が背に落ちるのをすくい取った政宗は唇を離した。
 捕らわれた髪の一部から伝わる何かに全身を拘束されているように思えて身動きが出来ず、政宗のその行為を見つめる。
 政宗は甘さのかけらもない荒い笑みを向けた。
「覚えておけよ? ……いずれ、てめえは俺の物だ」
 どこにそのような自信があるのか、政宗は確信を持っているかのように言い、その指にからめた髪に口づけを落とす。
 身体のどこかに噛みつかれたように、ざわりと背筋が震えた。
「……!」
 思わず咄嗟にその手を振り払う。すると髪はするりと政宗の指からほどけて解放された。
 その髪を背に払い、ぎりりとにらみつける。
「……借りは、必ずお返し申す……!」
 決してその手に堕ちることはない、と呻く思いで伝えると、竜は喉をふるわせながらむき出しだった爪をすべて腰に収めた。
「楽しみにしてるぜ。……またな、真田幸村」
 今日は仕舞いだ、と政宗はひらりと手を振ると背を向けた。
 敵たる己に平然と見せつけるその背は大きく威圧的だ。
 元々背後から隙を突くような戦い方は好みではないが、そうでなくても、あの背に襲いかかるのは無謀だと知れた。
 きっと竜は収めた爪を瞬時にすべて抜き放ち、向かってきた敵を返り討ちにするだろう。
 それはそれは情け容赦なく、そう、竜の逆鱗に触れた者を仕置きするかのごとく。
「…………」
 幸村は、空の掌をあげてゆっくりと見た。
 一度、政宗に預けられた生殺与奪。失った己自身。
 それは、政宗の“情け”でこの手に戻された。
 だから今は、命もこの身も魂もすべて己のものだけれど。
「いずれ、必ず……!」
 何か、大事なものを奪われた。
 この手で。自分の力で。
(取り返す……!)
 政宗の背を消えるまで見送りながら、己自身を確かめるように、きつく両手を握りしめた。




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被狐狸迷住(キツネツキ)の案山鳴様のサイトに掲載されてるイラスト、「どっちも俺の物」を元にSS書きたくなって、
お願いしたところ快諾いただきましたので遠慮なく書きましたー!
…しかし見事にバーンです。
ああああのイラストの魅力のカケラとして書けてない……!
荒々しい筆頭と幸村のあの雰囲気が出せ…ない…!!
ああ…もっと、こう、背徳的な雰囲気を…出した……かった……!!
己の力量不足を心底痛感いたしました……
こんな拙作でもよろしければ押しつけてもいいですか案山鳴様!!
また書いてもいいですか!!(←)

(↓ 2010.1.26追記)
案山鳴様のサイトではイラストと並べてこの駄文を掲載していただきました……!!(感涙)
案山鳴様−!!本当にありがとうございますーーー!!

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あきゅろす。
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