短編 −A 「葬式の費用というのは、大体どのくらいかかるものなんでしょうか」 射抜くような瞳でこちらを見る少年は、淡々とそんなことを言った。 「・・・さぁ、でも安くはないだろうな。」 「そうですか。」 「そんなこと聞いて、どうすんだ。」 「この状況でそんなことを聞くんですか?」 兄さんの葬式を、挙げるに決まってるじゃないですか。 目眩のように、視界がぐるぐると回る。 目の前の少年の言葉も、わんわんと反響して聞こえるようだ。 酷く気分が悪くなって、眉間に手を当ててうつむいた。 「ガキに払えるような金額じゃない」 「これでも足りませんか。」 ばさりと、俺の膝の上に放り出された通帳。 痛む頭に顔をしかめながらも、それをめくってみれば、印刷された最終額面はゼロが6つに3の文字。 一瞬驚きで痛みを忘れ顔をあげて少年の顔を見れば、少年は酷く歪んだ笑みを浮かべていた。 「兄さんの借金を返そうと、僕たちで貯めてた貯金です。」 ズキ、とまた頭が強く痛んだ。 吐きそうに気分が悪い。ぐらぐらと目の前が揺れる。 「コツコツ貯めてたんですよ。兄さんを驚かそうと、ずっとみんなで秘密にして。もっと纏まった大きな金額にして、驚かしてやろうと思っていました。」 くっ、と喉の奥で音を鳴らすような、歪んだ笑い声が聞こえた。 俺は、頭の痛みでほとんど彼の言葉を聞いていることができない。 意識を保つので、精一杯で。 けれど、最後のその言葉ははっきりと、頭に響いて。 「・・・これが、僕たちから兄へ、初めてのプレゼントになるはずでした。結局、初めてのプレゼントが葬式になるなんて・・・笑える。」 明日は確実に訪れる、なんてこと。 なんでこんなに愚かに信じてられたんでしょうね。 僕たちは。 自分の手元に視線を移すと、先ほどの廊下に座り込んだ少年と同じように、それはがたがたと震えていて。 両手を握りしめると、どちらも指先がひんやりと冷え切っていた。 いつの間にか、永遠に続くと思っていた絶叫も止まっていて、この場は不自然な静寂に包まれていて。 その中にぽつん、と呟かれた、震えた少年の声を最後に。 俺の意識は、途切れた。 「ねぇ、なんで兄ちゃんは、頭と、体が繋がってない、の?・・・・・それに、おなかから下が、ない・・・・・・よ?どこ、いっちゃったの?」 そうだ。 ”アイツ”は、俺の目の前でトラックに轢かれて、バラバラになってしまったんだ。 死んで、しまったんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |