[携帯モード] [URL送信]

シリーズ
−B

「せんぱぁーい、ごはん食べましょ!」

ぐいぐいと引っ張るその腕に、零時さんの足がゆっくりと僕から離れていく。
かわいい男の子が出てきてから一言もしゃべらなくなった零時さんが、チラ、と僕に視線を向けた。
探るような、眼差し。

行かないでください、って言いたい。
一緒にご飯食べたいです。もっと一緒にいたいです。って言いたい。

けど、そんなこと言えるはずがないんだ。
だってそんな重たいの、零時さんは嫌いだから。
あんな可愛い子とこんな僕だったら、あの子を選ぶにきまってるんだから。


たとえ、僕が零時さんの恋人だったとしても。


僕は喉の奥まで出かかった言葉を無理やり呑み込んで、なるべく笑顔に見えるように顔を動かして、先輩に手を振った。

「今日は、Aランチが美味しいらしいですよ」

なんとかそれだけ口に出して笑うと、零時さんの周りの空気が下がった気がした。
零時さんの機嫌が悪くなったのを悟り、体がビクリ、と震える。

余計なひと言だっただろうか。
今日のAランチはオムライスで、零時さんの好物だったから、ただ教えたかっただけなのに。
今日こそ、嫌われちゃうのかな。
今日こそ、別れる、って言われちゃうのかな。

嫌われる恐怖におびえる僕に、けれど結局零時さんは何も言わずに、男の子と一緒に行ってしまった。
決定的な言葉を言われずにほっと息をついた僕の肩に、まだそこにいた新の手がかかる。
振り返ると、少し心配そうに眉をひそめた新の顔。

「いいのか?」

優しい新の言葉に、僕は小さく笑みを浮かべて頭を振った。

「うん。」
「仮にもお前が恋人なんだぞ?あんなないがしろにされて・・・」
「いいのいいの!僕なんかが、零時さんを独り占めにできるなんて思ってないし、っていうかそんな恐れ多いことなんてできないし!」

努めて明るく言葉にしたけれど、新の顔は明るくならない。

けど、ほんとにいいんだ。
なぜだかこんなきわめて凡庸な僕が、零時さんの恋人に居座ってしまっているんだけれど、これはなにかの間違いなんだと思う。
零時さん、回りには冷血だの鬼だの言われてるけど本当はやさしい人だから、僕に同情してくれてるのかも知れない。

ほんとは僕なんかかかわるはずのない人で。
僕は遠くから憧れに胸をときめかせているはずだったのだ。
なのにこんなに近くにいる。
僕はそれが、幸せで幸せでしょうがない。
零時さんを見るたび、声をかけられるたびに、嬉しくて涙が出そうになる。
だから、毎日零時さんのファンの人にいじめられたって全然構わないし、友達が出来なくなってしまってもいい。
零時さんは、それだけの価値がある人だから。

だから。


「そばに居られるだけで、いいんだ。」


胸は痛むけれど、きっとそれも、僕なんかが感じていい痛みなんかじゃない。



[*前へ][次へ#]

4/6ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!