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番外編
−B

「で、家出ならぬ、部屋出か?」
「そうざんす」

未だギシギシいう体をだましだまし、ソファの上に寝ころぶ。
コツ、と硬質な音が響いたかと思うと、ふわりと漂ったのはコーヒーの香りで。

「僕の部屋には紅茶がないから、これで我慢しろよ」
「めっそうもない、サンキュ。」

ゆっくりと体を起こし、テーブルの上に乗っているブルーのマグカップを覗き込む。
ミルクがくるくると褐色色の液体と混ざりあい、その褐色をやわらかい色に染めていき。
両手で包むようにカップを持つと、ほかほかとした温かさが伝わってきた。

「まだ熱くて飲めないだろうから、待て」
「あいあい。まぁ、とりあえず今日、泊めておーくーれー。今日、一人だよね?」
「まあ、いいけど。」

僕の突然の申し出にも、苦笑を浮かべながら慣れた様子で一実は了承してくれた。

というわけで、東山が僕から目を離した一瞬のすきをついて逃げ込んだのは、一実の部屋。
同室者が、今日は部活の合宿のため不在なのは調査済みだ。
さすがの僕だって、同室者がいるのに乗り込んだりはしないさ!
東山とのやり取りを掻い摘んで説明すれば、一実は呆れたように溜息をついた。

「所詮、痴話げんかってやつ?」
「・・・そうなの、かなぁ」
「そうだろう?・・・まぁ、確かに甘やかすのは、良くないとは思うけど。」
「だよなぁ。」

一日寝ていたにもかかわらず、今だにだるい下半身を思い、ため息が出た。
いろいろきっついだろ。これじゃ。これから。
はぁ、とため息をついた僕を見て、一実は小さく笑みを浮かべた。

「でも、」
「うん?」
「珍しいな。島にしては。」
「・・・何が」

どこかほほえましげな一実の視線に、僕は眉をしかめて視線を返す。

「なんか、戸惑ってる気がする」
「・・・あー、」

言われた言葉に、一瞬言葉がつまってしまった。
確かに、そうかもしれない。

僕は。
東山という存在に、戸惑っているんだろうか。

正直、ここまで心的な距離が近くなった人なんていなかったから、どうすればいいのかわからないことが酷く多い。
家族とはまた別。友達とも別。
兄ちゃん達を含め、家族には絶対的な信頼感がある。
僕が何をしても、裏切らないという信頼。
友達には信頼感というよりは、持ちつ持たれつな仲間意識が。
友達は、ある意味損得関係が読みやすいから、つながりを持つのが楽だ。

けれど。

意味もなく自分の両手を握ったり開いたりしながら、考え込む。


けれど、恋人、なんて。


ふとした瞬間に手を伸ばしたくなる。求めたくなる。
けれど、その手を必ず握り返してくれるという信頼感が、まだ、ない。
だからといって、ただ何もせずに見守っているだけじゃ心細くて。

触れたいのに、触れられない。

たまに、そんな葛藤に襲われる。



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