4-14
side:早苗
「早苗さ〜ん・・・・・」
少し高い、けれどしっかりと声変わりしている、少年のやわらかな声が、心細そうな音色で自分の名を呼んでいるのが心地よい。
もっと聞いていたくて、俺は手を出さないのかもしれない。
もっと、呼べ。
もっと、もっと。
けれど。
あの子の声は、俺を呼ぶものであって、俺を呼ぶものでないことを知っている。
そして、俺『だけ』を呼ぶ声でもないことを。
本当に助けを求めている声では、ないことが。
いとおしく思う一方で、時折酷く憎く、なる。
けれどふと湧きあがったそんな内面は微塵も見せずに笑顔で覆い隠して、頭上高くにいるキツネっ子にヒラヒラと手を振って見せた。
「ちょっと反省しておいでー」
「・・・うぅ・・・」
ちょこんと正座してうなだれる姿は、俺の保護欲をグラグラと揺さぶって、けれど嗜虐心をも煽って見せる。
ああ、だめだめ。
此処でそんな姿を見せちゃだめだよ、いけない子。
今此処に、どれだけ狼がいると思っているんだか、分かってるの?
周囲を見回してみれば、いつの間にかここを覆っていた電気の様に肌に突き刺さっていた緊張感は適度に緩んでいて、その雰囲気に思わず俺は苦笑を浮かべる。
これについてはトップの機嫌が直ったことが大きいのだろうが、あの子の存在も大きいのだと思う。
足りない人間には空気のような存在なのだ、あの子は。
水の中でもがく人間が、ふと楽になれる。
満たされている人間には、あの子の価値に気づくことはできない。
まぁこの世の中は、ほどほどに満たされた人間が多いから、あの子の存在は気づかれにくい。
それは大歓迎だ。大いに喜ぼうじゃないか、この世界を。
けれど俺たちがいるこの夜の世界は正反対。
足りない人間が集っているのだ。
あの子の存在は、あっという間に気付かれてしまう。
ああ、よくない。よくないなぁ。
少し離れた場所、けれどしっかりとあの子の姿が視界に入る場所で、その夜の世界の支配者は、無表情で近くにいた人間に何か囁いていた。
苛立ちが消え、普段通りに戻った黒へと、俺は肩をすくめて声をかける。
「人を、戻したのか?」
「無駄だからな。」
こちらに視線も向けずに、それでも他チームの俺に返答が返ってくるのだから、相当機嫌はいいのだろう。
初めにここに乗り込んだ時にぶつけられたコイツの殺気には、本当に参ったから。
多少のことでは動じないと自負している俺でも、本気で機嫌が悪いコイツに勝てる自信は、ない。
「まぁ、原因がなくなったわけだから、八つ当たりも終わりかね。」
にやにやと笑いかけると、黒はその赤い眼差しを俺に向けた。
血の様に紅いソレ。
バケモノじみていると、見るたびに思うその瞳。
「取りあえず今回のところは、な」
野生の獣の様だと思うその視線。
そう思うのは、きっとおれも同じ視線を持っているからだろう。
この視線が、飼い犬のように緩むのを見ることができるのは、ただ一人。
俺たちは、たった一人にしか、懐かない。
「懐かない、んだけど、なぁ・・・」
煙草を片手に、空に向って煙とともに小さくぼやいた。
そのたった一人がブッキングしまくってる場合ってのは、どうすればいいんだろうなぁ。
「飼い犬にだって、独占欲くらいはあるのにね。」
早く気づいて、一匹を選べばいいのに。
そうなったらそうなったで、大変な騒動が巻き起こることは予想できるのだけれども。
野生上がりは、我慢は苦手なんだよ。
だからその戦いを、願わずにはいられない。
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