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拝啓、(男鹿)

「架矢」

誰かに呼ばれた気がした。
その声に呼ばれた記憶なんてない。何に期待をして振り向いたのだろう。

「どしたの架矢」
「あ、ううん。何でもない」

あいつは特別字を書くのが下手だった。
便箋からはみ出るわ、緯線なんか無視して、でんと構えた特別大きな字。読むのだって一苦労。まあ男の子だし仕方ないことなんだろうけど。

それは決まって、私の家の郵便受けに入っていた。ご丁寧に同じ日にだ。月曜日の夕方。

親から聞くと小さいころは一緒に遊んでたらしい。ご近所だから当たり前か、と今なら納得するが正直よく覚えていない。
私のなかにまだ残っている彼に関する記憶といえば、無口で仏頂面だったことか。
お隣に住んでたクセに、私と話そうとしなかった。学校で会っても、帰り道に偶然会っても何も言って来ない。
なのに必ず毎週月曜日に郵便受けを見ると小さな封筒が入っていた。

(手紙渡すくらいなら話し掛けてくれればいいのに)

不思議に思っていたが、それが日常になるくらい昔からやりとりしていたらしい。

中身は、今日友達と何して遊んだだとか、駄菓子屋さんで何買っただとか他愛ない話ばかり。
だがら私も手紙で返事を書いた。火曜日の朝、学校に行く前にお隣の郵便受けに放り込んで。

そんなことが楽しかっただなんて、ホントに幼かったんだな。

ある日、待ちに待った月曜日の放課後、ポストを覗くと、いつもの封筒があった。
しかしその日は、封筒を開けたくないなと思った。

開けるか否か、迷っている間手紙を握りしめているだけで汗が滲んできたから、多分夏だったんだと思う。

しかしそうもいかず読んでみると、彼にしては考え難いが、普段より小さな文字が並んでいた。

今日、遠くに行くから。
いままでありがとな。


いつもならどんなにしょうもない内容でも便箋いっぱいに文字が埋まってたのに。
ぶっきらぼうな2行の文面。

隣には、今トラックが出発していった。
呼び鈴の横にある「男鹿」の文字がキレイに無くなっている。

外装は変わりないのに、何故かがらんとしているように見えた。





*****

手紙ってのは普通、話せないような距離に住んでる人に送るもんでしょーが。まあ今は一般的にメールとかだけど。

いつだったか志乃ちゃんに言われた気がする。
確かにその通りだ。しかし私たちは世間一般に真逆のことをしていたらしい。

でも今更気がついてもしょうがないのだ。あれは住所も切手もない手紙だったから、やりとりの仕様がない。

そう思いながら毎週月曜日何度郵便受けの蓋を開けたのだろう。





近距離恋愛

(遠くのやりとりの仕方なんか知らない)





あれから何百回目の月曜日だろうか。懐かしい封筒が私を瞠目させた。

元気か。
今度はちゃんと声を使おうと思う



「字、うまくなったじゃん」





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