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書生と郵便配達人01


郵便配達人黒子
黄瀬が書生
似非大正浪漫



その書生はどこか抜けていて、それでいて鋭い感覚の持ち主であった。書生は様々な女性に好意を寄せられ、日に届く彼への恋慕を綴った文は軽く両手の指を超えていた。僕はただその文を届けるだけの郵便配達人として、毎日彼と顔を合わせるうちに知人と呼べる関係にまでなっていた。ただ、それだけのことであった。

「はい。今日も届いてます」

「いつもご苦労様っス!」

彼宛への文はひとまとめに、彼以外へ宛てられた文はまた別にしてまとめて束を作って渡す。そうしなければ時たま混ざってしまった彼への文が、別の書生や宿の主人に届くと大変なのだと、彼が言っていた。
僕の手から分厚い束を受け取ると、彼は何も知らない無垢な少年のような笑顔を向けてくる。

「本当にそう思われるのなら、こういう文は断って勉学に励んでみては如何でしょう。何故断らないんですか」

恋愛事には興味はないが、彼は一応学生なのだ。遊びまわっているわけではなかろうが、勉強をしているようにはとても見えない。
彼は苦虫を噛み潰したような顔で文句を垂れる。

「そういうお説教は聞き飽きてるから、たまには優しい言葉のひとつでも欲しいっス」

「貴方は、」

「わたくしがこういった文を頂いている理由をきみが知ったところで何かが変わると思わないがどうかね」

確か最近男子学生の間で流行りだという言葉遣いだろうか。突然口調が変わった彼に戸惑いを隠せない。
いや、言葉遣いなどというそんな些細なことよりもきっと彼に言われた言葉の意味に戸惑ってしまったのだろう。
そう、僕が知ったところで何も変わりはしないのだ。

「…理由を知らなくともいいです。断っていただければそれで」

「しかし断る理由がない。それはきみの自己満足な感情であるとは思わないか?何故わたくしが文を受け取ることに配達人であるきみが不満になるのだろう」

何故。何故僕はこんなにも不満なのだろう。仕事が増えるのだ、嬉しいことではないか。
しかし納得しようにもどうも腑に落ちない。彼が文を受け取る、その毎日の行動に苛つきさえ覚え始めている。嗚呼、何故なのだろう。

「…何が言いたいんですか」

「…ふう、やっぱりこういう流行り廃りの堅苦しい言葉はダメっスね、失敬失敬」

答える気はない、とでも言うように頭をひとつ振り、彼は話を切り替えた。
彼はきっと答えを知っているのだろう。答えを知っている上で僕に教える気はないのだ。

「考えてみればいいんスよ、ゆっくりとね」

また明日、と言って彼は自分の部屋へと帰っていく。
書生、黄瀬涼太はどこまでもよくわからない人物である。
まだまだ沢山郵便物の入った鞄を見つめて、僕は溜め息をついた。


120518



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