星屑トラベラー
キラキラと夢みたいな時間だった。
その瞬間がずっと続いてほしいのに、同時に一瞬の儚いものなんだと理解している。
幸せだから、そう思うのだろうか。
いつも幸せと不幸は隣り合わせで、ずっと幸せな事なんてないのだと分かっているからなのか。
まだ幼さを残す少女が、物欲しそうにこちらを見ている。
彼女が何を欲しているのか、咲には分かっていた。
ただ、その存在をひた隠しにして、気付いていないフリをする。
そうすると、彼女はもう何も言ったりしないから。
花火はもう先程までの輝きを失っていた。
ほんの一瞬、でも確かに永遠にも感じた灯火。
「滝沢くん、ありがとう」
「ん?」
バルコニーまで戻って来た滝沢に、咲は視線を向ける事なく声を掛けた。
後ろから、豆柴を抱き抱えたみっちょんとおネエが話している声が微かに漏れ聞こえた。
「なんか、出会ってから色々…こんなに楽しいの、久しぶり」
「それは良かった」
隣りにいる滝沢を盗み見ると、滝沢は先程からずっとこちらを見ていたようだ。
目が合ってしまう。
咲はにっこり微笑みを返した。
「なにかあった?」
「…え?」
「なんか暗い顔してる」
不意に頬に冷たい感触。
滝沢の掌が微かに咲の頬に触れられている。
「そ、んな事ないよ…!」
「そう?」
なんで滝沢くんにはバレてるんだろう。
作り笑いは完全に失敗だった事になる。
それは咲が悪いのではなく、滝沢の才能の一つなのだが、咲自身はそれに全く気付かずにショックを受けていた。
「本当になんでもないの…ただ、楽しいのに怖くて」
咲がしどろもどろに答えている間も、滝沢の指先は髪に触れたりして、びくびくとそれに反応してしまう。
「分かるよ。分からないけど」
「…どっち!?」
またその台詞?っと咲は滝沢を睨む。
でも、咲はその言葉が好きだ。
多分滝沢が言うから好きなのだ。
滝沢にそれを言われると、なんだか安心してしまうから。
「やっと笑った」
知らぬ間に笑みがこぼれていたようだ。
滝沢に顔を覗かれて、鼻がくっつきそうなくらいに距離が縮んだ。
滝沢くんはずるいと思う。
色々な意味で…
咲は赤くなった頬を隠す為にそっぽを向いた。
「ずっと続いたら良いのに…」
「ん…?」
「こんな時間が」
咲が言うと、滝沢は頷いて視線を夜の闇に向ける。
「そうだね。でも、それはきっと叶わない…」
「どうして?」
咲は分かりきっているのに、答えを聞いた。
少しでも、例え1秒でもまだ夢の世界にいたいから。
「俺、思うんだけどさ…楽しい時も辛い時も必ずあって、楽しい時もあるから辛いって思うし、辛い時もあるから楽しいってまた思える」
「うん…」
「でも、きっとそれも自分次第なんだろうな。もしかしたら辛い時も、自分の気持ち次第でいくらでも楽しい時間に変わるかもしれないじゃん?その方が、きっと楽しいよ」
咲は暫く真剣に語る滝沢を見つめていた。
「そう思わない?」
にまっと笑う滝沢の視線と、咲の視線が交わる。
そうか、と咲は思った。
滝沢くんだって、自分の記憶がなくて不安で…でも、それでも今に真剣に向き合おうとしている。
咲に足りなかったものはそれかもしれないと思った。
微かに、記憶の中で少女が笑う。
「てか、その方が絶対楽しいって!」
「うん、そうかも…楽しいかも」
咲が紅潮した様子で答えると、滝沢は嬉しそうに笑った。
その顔が綺麗で、咲は一生忘れたくないと思う。
今日のキラキラと輝いた花火も、思い出も、この気持ちも、滝沢くんの笑顔も全部、ひとかけらも落とさずに未来に持っていきたい。
たとえ、どんな未来が待っていても。
咲は誓うように、胸の前で両手を握る。
さっきまで不安な顔をして、こちらを見ていた少女はもういない。
咲は深呼吸を一つして、前を見た。
もう迷わないように。
星屑トラベラー
2009.11.30
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