王子様≠猫
先程起きた事を理解できず、咲は面食らったまま動けずにいた。
果たしてさっきのは魔法かなんかなのだろうか、とバカみたいに非現実的な事を受け入れようとしている。
そもそも滝沢に出会ってからは、そんな不可思議な事の連続な気がした。
とても大きな力を持った何かに、引き込まれて巻き込まれていくような感じ。
そこまで考えてから、咲は意識を失ったままの滝沢の事を思い出した。
「滝沢くんっ…!」
何度呼び掛けても返答はない。
滝沢が裸だったので直視できずにいたが、よく見たら傷を手当したあとがある。
あの人が手当したのかな?
胸がじりじりと痛んだ。
あの綺麗な人が滝沢くんの服を脱がして、体に触れて包帯を巻いたかと思うと段々と苛々してくる。
あの人がジョニー狩りの犯人なのだろうか。
ハッとして、咲はこんな事してる場合ではない事に気付いた。
早くここを出なければ、大騒ぎになってしまう。
とりあえず、咲は滝沢を背負おうと腕を伸ばすが、裸な上に体重の差もあり、上手く背負う事ができなかった。
「んぅ…」
耳元で微かに滝沢が唸るのが聞こえる。
瞬間、体重は傾き足は力を失って地面から離れた。
「きゃぁっ…!」
咲が目を開けた時には、天井と黒い髪が視界をうめつくしている。
滝沢の全体重が咲の体に伸し掛かっていた。
その重みに、何故だか咲は胸が締め付けられる気がする。
さっきまであの綺麗な人がやってたみたいに、滝沢のさらさらのねこっ毛を手で梳いた。
「本当に猫みたい…」
気まぐれで、ぱって現われたと思ったら、またいなくなったり。
自分はこの猫に振り回されっぱなしだ。
王子様と言うよりは、猫の方が正しかったかもしれないと、今更ながらに咲は思った。
「な、に…?」
「滝沢くん!気が付いたの!?」
もぞもぞと咲の上で動いた滝沢の髪が、咲の首下をくすぐる。
「さ…き?」
すぐ隣りでギシッて音がした。
滝沢が起き上がる為に、ベットに右手をついたからだ。
「良かったぁ!目が覚めて…」
息がかかるような距離に滝沢の顔があるが、咲は気にした風もなく安堵のため息をついた。
「良い眺めだね…」
「ぇ…?」
そこでやっと自分の置かれている状況に気付く。
まさしく、裸の滝沢にベットに押し倒されたような形になっている。
咲は一瞬で顔が真っ赤になって、体が緊張で硬直するのが分かった。
「ハハッ、冗談だよ」
滝沢は掠れた声で笑って、すぐに咲から離れた。
それになんだか物足りないような淋しさを覚えて、咲はつい滝沢の腕を掴む。
「ん?」
「えっと、あの…」
掴んだはいいが、自分が何をしたいのか全く分からなくて、しどろもどろになってしまった。
「なに、期待しちゃった?」
グイッと逆に腕を掴まれて、咲の体はいとも簡単に滝沢の胸の中に収まる。
まるでそこが生まれた時から自分の居場所だった様にぴったりだ。
「ち…違うの!そういうんじゃなくて」
咄嗟に弁解しても、なんだかもう意味がない。
すっかり滝沢のペースになっていた。
と言っても、咲が主導権を握れた事など一度もないのだが。
滝沢はそんな咲にニッと笑うと、近くに無造作に置いてあった自分の服に袖を通した。
その間咲は、滝沢に背中を向けて待っている。
少ししてから、トントンと肩を叩かれた。
「さ、行こうか」
滝沢が手を差し出した。
いつもこの手を取る時、少しだけ緊張する。
そして、少しの期待と不安も入り交ざっている。
それでもこの手を取ってしまう自分は、もう彼に囚われているようなものだ。
この気まぐれな彼が、私の王子様である事を願って…
咲は彼の手を強く握り返した。
王子様≠猫
2009.9.6
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