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世界に二人きりのアダムとイヴ

確かに彼は王子様だった。
此の世界の、そして私の。
必然か運命か、神様の悪戯か、私達の運命はその時交わったのだ。
まるでこの世界に二人きりのアダムとイヴみたいに。





『滝沢くん…』

『なに?』

ゴールデンリングがなくなったメリーゴーランドは静かにそこに佇んでいた。
蒼空は驚く程に澄みきっていて、高い。
森美咲は目の前にいる男を、ただ真っ直ぐに見つめていた。
彼の瞳からどんな小さな事も見落としたくはなかったから。
でも、どうしてか彼の表情からは何も読み取れない。
段々と不安が襲ってきた。
これは現実なのか夢なのか、その境目さへ怪しい。
ふいに彼の手が伸びて、咲の明るい髪に触れた。
するりとそれを指に絡めると、彼はその眼を軽く伏せてキスを落とす。

『た、き…ざわくん!』

髪に触れただけなのに、全身が痺れる感覚がした。
顔を上げると、至近距離で彼と見つめ合う事になってしまう。
咲はあわあわして、自分でもよく分からない内に下を向いてしまった。
触れられた髪を確かめるみたいに一束掴む。
そんなはずないのに、そこから熱が伝わる様に顔が火照った。
そうしたら、無性に彼の顔を見たくて堪らなくなる。
そろりと、咲は前髪の隙間から彼を覗き見た。
そこにあったのは、とても穏やかな微笑み。
咲の心音がまたトクンと響いて、動けなくなってしまった。
魔法みたい、そんな突拍子もない事が頭を掠める。

好き、なんだと思った。
ストンと答えが落ちる様に意識は澄み渡る。
森美咲は滝沢朗が好きなのだ。
彼の、その顔も言動や仕草も、彼を形作る総ての物を愛しいと思う。
彼の名さへ偽りかもしれないけど、咲は確かに恋していた。

『滝沢く……』

いない。
何処にも。
きょろきょろと辺りを見渡しても、彼は何処にもいない。

『…滝沢くん?』


うそ…私まだ何も伝えてない。
行かないで、行かないで、





「滝沢くんっ…!」

声に出した瞬間、光に包まれて何も見えなくなる。
違う、そこにあったのは白い天井だった。
咲の部屋だ。
ジワリと目頭が熱くなる。
ぽろぽろとこぼれ落ちたものが涙だと気付くのに、思いの他時間がかかった。
咲は霞んでぼやけた視界を拭って、ベッドから起き上がる。
窓の外は明るい。一瞬今が一体いつなのか分からなかった。
携帯を開いて日時を確認すると、やっと意識がはっきりしてくる。
朝だ。
携帯は大杉くんからのいつものメール着信を知らせていた。
それだけ、他には何も。
そういえば、彼にはいつも自分から連絡していた気がする。

「滝沢くん…」

消え入りそうな声だ、と自分でも思った。
ただ、彼が存在していたんだと感じる方法がこれしかなかったのだ。
彼は今何処にいるんだろう。
何をしているんだろう。
声だけでも、遠くからでもいいから姿だけでも、否、


「会いたいよ…」





世界に二人きりのアダムとイヴ


2009.7.1

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