やさしい手のひら(トレイン)

電気を消してうとうとと微睡み始めた頃だった。やかましく携帯が鳴り始めたのは。

最初は無視を決め込んでいたのだが、いかんせん着信音は鳴りやまない。明日でいいっつったのに。ったく。
渋々と電話に出ると深夜にも関わらず明るい声。


「もしもしトレイン?起きてる?」

「……寝てる。」

「起きてるね。今さー23時50分じゃん?」

「……うん。」

「あと10分でトレイン誕生日じゃん?」

「…うん。」

「だからさ、来ちゃった。」

「……は?」

「や、だから外。窓見てみて。」


そう言われて窓の外を見ると、いた。バカがいた。
慌てて外へ飛び出すと、そいつはいつもみたいに締まりのない顔で笑った。


「トレインわんばんこー。」

「お前なあっ!こんな時間に女一人で出歩いてんじゃねェよ!危ねェだろ!」

「だーいじょうぶ!護身用の銃くらい持ち歩いてるって。」


と、ロングスカートを捲って太股に付けているらしいホルスターを見せてこようとしたので慌てて手を掴んで止めた。バカ!ここ、公共の場だっての!

止めるために掴んだ右手を見て、なまえはそのまま手をゆっくりと滑らして握った。もう片方の手も拐われてやんわりと確かめるように握られる。それから顔を上げたなまえはいつにも増して綺麗に笑った。


「トレイン、誕生日おめでとう。」

「…おう。」


ふい、と思わず目を背けてしまうほどの眩しい笑み。ああ、本当に俺、こいつが好きなんだなって思った。
こいつには何回もこうして誕生日を祝ってもらってるけど、やっぱりどうしても慣れなくて、照れくさくて「まだ、五分前だけどな。」と勝手に口が動いてしまう。


「ふふ。そうだね。それじゃあ五分経つまでこのままでもいい?」


何もかもお見通しななまえは、そうやって笑う。


きゅ、と手を握り直して一歩俺に近づいたなまえ。恥ずかしさで、思わず一歩引きそうになったが繋がれた手を引かれて更に引き寄せられる。

これ、無意識にやってんだからタチわりィよな…。なまえといると本当に心臓が持たない。


あと五分かぁ、と呟いてなまえは少し考える仕草をした。相変わらず手は繋がれたまま。なまえは何でもいいからどこか掴んでいないと落ち着かない性分なのだと言っていた。付き合い始めた頃は、自分から手を握ってくるというこの大胆すぎる癖に驚いたものだ。



「あのね、トレイン。」

「ん?」

「私ね、トレインと出会えて幸せ。ベタなセリフかもしれないけど、トレインと出会えたから私の世界は変わったんだ。」


なまえは俺と出会う前は、透明なプラスチック板のような毎日だったと話す。


「トレインに会って、色んな色がついたの。まずはパステルカラー。それからビビッド。綺麗な色ばっかじゃなくて、濁ったような綺麗とは言えない色もついたけど。でもね、私、幸せなの。」


一人で歩いてきた道を、並んで歩く人がいる。他愛もない話を聞いて笑ってくれる人がいる。寂しい時は手を差しのべてくれて、悲しい時は慰めてくれるし、本気でケンカもしてくれる。本気で愛し、愛されてくれる。


「だからね、生まれてきてくれてありがとうトレイン。」

「……。」

「あ!時間だ!えっと、改めましてトレイン誕生日おめでとう。大好き!、わ!」


軽く握られていた手を引いて思い切り腕の中に閉じ込めた。耳に口元を寄せて「ありがとう」と、聞こえるか聞こえないかくらいの息で呟いた。瞼がじんわりと熱くなって、何かが溢れてしまいそうだったので、更に腕の力を込めてなまえの首に顔を埋める。腕の中のなまえは、くすぐったいよと言って笑った。その腕は俺の背中にゆっくりと回された。なまえの手のひらから、柔らかく優しい感情が流れて俺の中に溶けて染みていく。ああ、これが幸せ、か。



やさしいのひら






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だいぶ遅れてしまったけれど、トレイン誕生日おめでとう!大好きです。


20110420


あきゅろす。
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