Alexandrite(トレイン)


ケータイでカチカチと「着いたよ」のメールを送信。あー緊張する!
覚悟を決めてピンポーンとチャイムを鳴らすと、インターフォンからちょっと待ってろの声。
カバンの中からリップクリームを取り出して唇に塗り直す。よし、完璧。リップクリームをカバンの中に仕舞うとタイミングよくガチャリと開いたドア。


「うーっす。」

「どもーっす。」

「こりゃまたでっかい団子頭につけて来たな。」

「まぁた食べ物で例える。」

「はいはい。可愛い可愛い、超うまそう。」

「なにそれー。」

ぷんと頬を膨らませるとトレインはいつまでも玄関前に立ち続ける私の手を引いた。

「いいから入った入った。」


手首を掴まれぐいっと中に引っ張られ、玄関へ。すうっと肺に入ったのは他所の家の独特の匂い。どうしても俯きがちにキョロキョロとしてしまう私をトレインは笑った。

「んな緊張すんなって。」

「だって……。」

ぼそぼそと口の中で言い訳をした。付き合っている人の家に初めてお呼ばれされた時は、誰だって恥ずかしいものだと思う。そんな私に呆れたのかトレインは掴んだ手首はそのままに、私に振り返って頭をよしよしと撫でてくれた。


「あと五分くらいなんだからよ。」

「…うん。」

その時どんな表情でトレインがこの言葉を言っていたかなんて、私は知らない。とにかく私は五分後が待ち遠しかった。



「あ、なまえさん。」

その瞬間、手首から消えた体温。すうっと手首が冷えた気がした。
リビングに通され、一番に目に入ったのはイヴちゃんだった。相変わらず可愛い。

「こんにちは、イヴちゃん。」

「こんにちは。」

ひらりと振った手をトレインが見つめてくるので、何?と聞くと

「いや、爪塗ってんなーと思ってよ。」

「え?ああ、マニキュア?」

「そうそれ。」

「可愛いでしょ?アイリッシュなの。グラデーション頑張ったんだあ。」

「んだよ、アイリッシュって。ただの緑じゃねェか。」

「違うって!アイリッシュグリーンなの!」

「へいへい。」


ったく爪の先までーってか。
そういうトレインの頭を照れ隠しでポカリと叩くと隣から「いでっ」の声。ふんだ。ざまあみろ。
イヴちゃんがソファーを勧めてくれたので、ありがとうとお礼を言ってから座る。まあトレインと違って気がきくこと。


「あ、なまえさん。」

「なあに?」

「この間貸してくれた本、面白かったからまた今度新しいの借りてもいい?」

「本…?あぁ、レシピ本とコーヒーの?いいよいいよ。また店に来た時に渡すね。」

そう言うとイヴちゃんは嬉しそうに笑った。初めてイヴちゃんと出会った時は、こんなに仲良くなれるだなんて思ってなかったからこの対応は凄く嬉しい。最初は敵対心丸出しで避けられていたのだから、本当にこれはすごい進歩だ。

この前借りた本、今部屋から取ってくるね。そう言ってイヴちゃんはリビングを出て行った。
リビングには必然的に私とトレインの二人が残る。


「なんの本貸したんだ?」

「うんとね、コーヒーについての本と、お菓子のレシピ本。」

「店のやつか?」

「うん。あ、でもうちの店で出してるお菓子はその本のアレンジ。」

「アネット、そういうのすっげェこだわりそう。」

「あはは、確かに細かいとこまでこだわってるね。」


店主兼、私の雇い主のアネットは情報屋を営む一方で喫茶店業もしっかりとこなしている。そのお陰で私もドリンクのことなどをみっちり仕込まれたのだ。今ではそのみっちり仕込まれたコーヒーの淹れ方が随分と役に立っているのでアネットには感謝している。


「ねーねーお団子崩れてない?大丈夫?」

「あ?別に。」

「まぁたそうやって適当に…。少しくらい可愛いとか言ってくれたっていいじゃん。」


トレインのバーカ。
拗ねたように目を反らして言ってやると急に目の前に大きな影。
疑問に思う暇さえなかった。





「可愛いよ。すっげェ可愛い。」

耳元に吐息混じりの声。ゾクゾクっと耳からトレインの声が全身に響き渡る。
やだ、何それ。
いつもの通り笑って済まそうとしたけれど言葉が出なかった。私を見つめる真剣な瞳を見てしまったからだ。その金色の瞳は酷く熱を帯びているようにも見えた。う、そ、でしょう…?





「なまえさん、この二冊だよね。」

トレインがスッと離れた後、イヴちゃんが私の貸した本二冊を持ってリビングに帰ってきた。いつも通りのトレインに、今のは何と聞きたいけれど聞けない状況。いや、聞いてはいけない状況。だって、だって。


「ただいまー。」


イヴちゃんの後に続くように「あちー」と言いながらリビングに入ってきたのは緑髪の彼。私が「着いたよ」とメールをした彼。私の淹れたコーヒーを美味しいと言って飲んでくれる大好きな彼。


「悪いななまえ、出迎えてやれなくて。」


私は彼の顔がまともに見れず、首を横に振ることでそれに答えた。


「ん?どうした、暑いのか?顔、赤いぞ。」


ハッとして息を飲む。


「本当だ。トレインお茶出してあげてなかったの?」

「俺がそんなに気ィきくかっての。」

「ったく、仕方ねェな。よしなまえ、たまには俺が淹れてやるよ。」


嬉しそうに笑うスヴェンに胸が痛んだ。さっきの感覚にまだ酔って全身が甘く痺れている自分が憎い。

「んじゃ、邪魔者は退散しますか。な、姫っち。」

「じゃあ、なまえさん、また今度。」


扉が閉まる瞬間、悲しそうに笑うトレインと目が合った。胸が痛いなんてそんなの、悪い冗談だ。


Alexandrite


20100816

彼氏のトレインといちゃこらする話だったはずなのにどうしてこうなった/(^O^)\
ちなみに拍手ゆめとは一切関係ありません。

Alexandrite…不純物を含むとても高価な宝石。当てる光によって赤色になったり緑色になったりする。石言葉は、秘めた思い。



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