ルルラ( )
――ストークタウン。

用を済ませた黒スーツの男二人が、一人は運転席に、もう一人は助手席に乗ろうと扉を開けた時だった。
助手席側のドアを開けた男がぼそりと呟く。


「…この歌。」

「なんだよクランツ。なにか聞こえたのか?」


クランツと呼ばれた助手席側の盲目の男は人一倍の聴力を持っていた。運転席に乗ろうとしたバルドリアスは、普段無口なクランツが口にした言葉に珍しいと思いながら答えた。

「…あいつか。」


すっと音の聞こえる方に顔をあげたクランツに従ってバルドリアスはその先を辿った。大通りの向こう側にいたのは、黒いワンピースの女だった。見ただけではサッパリわからないが、クランツが言うなら何か鼻歌でも歌っているのだろう。どこかで見かけたような女だった。



「なんだよ。お前あの女と知り合いか?」

「覚えてないのか?」

「……記憶にねぇな。」


嘘をついた。
なんとなく、どこかで見たことのある女だけれど何故か思い出せない。けれど記憶にうっすらと残る女はあんな澄ました顔ではなかった気がする。

バルドリアスは考えることをやめて車に乗り込んだ。
クランツはもう一度彼女の声を聞いたあと、バルドリアスに続いて車に乗り込んだ。






□ ■ □




一言で言うなら「親子のよう」だった。

いつも彼女は2メートル弱もある彼の後をついて回り、そばにいた。その身長差はおよそ50センチ。彼女が小さいのか、それとも彼が大き過ぎるのか。その身長差がもう少し狭ければ恋人のように見えたかもしれないが、寡黙な大男とお喋りな女は傍から見ると親子のようにしか見えなかったのだ。
大きな彼の背中についてまわる彼女はいつも楽しそうに何かを話していて、彼はそれを黙って眉一つ動かさずに聞いているんだか聞いていないんだか、そんな態度で彼女に接していた。たまたま話す機会があった際に、そんな寡黙な男よりgZのジェノスのほうが話しやすいんじゃないかと聞いたことがある。彼女は笑ってこう答えた。


「ベルーガは最後まで私の話を聞いて、そうかって言ってくれるの。それって幸せなことじゃない?」


後日、彼女の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜている彼を見た。本人は撫でているつもりなのだろうが、大雑把なそれは彼女の髪を大きく乱していて、何とも彼らしいなと思った。顔を逸らして口を引き結んだしかめっ面の彼だったが、彼女は幸せそうに笑っていた。それを見てああそういうことかと納得したのだ。
自然と緩んでいた頬に気づいたgXのナイザーは、これから彼に大きな任務を伝えて二人の時間を割かなければならないのかと思うと僅かに胸を痛めた。









部隊での大仕事の前、彼を見送る彼女の姿を見た。やっぱりあの身長差と空気は恋人というより、なんていうか…親子なんだよなぁ。二人の関係についてはよく知らないけれど、彼女が彼に懐いているのは分かる。黙った彼の一歩後ろを歩いて話しかけている姿をよく見るからだ。
黙ってその場から退くべきだろうと、踵を返したときだった。


「帰ったらまた話を聞かせてくれ。」


ベルーガもこんな声音で話すもんなんだなとジェノスは思った。











久しぶりに見た彼女は随分と痩せていた。近くに彼がいないとこんなにも彼女の身長は高く見えるのかとどうでもいい事を思った。
元々私物は少なかったのだろう。廊下に置かれた小さな段ボール箱に収まった荷を見てそう思った。空っぽになった部屋を掃除する彼女に手伝おうかと声をかけたがやんわりと断られてしまった。


「私がやりたいんだ。だからシャオリーは気を遣わないで自分の仕事に集中して?今忙しい時期って知ってるんだから。」


そう笑った彼女の瞼は赤く腫れ、目の下には隠しきれていないクマがあった。声も鼻声だったが、g]シャオリーは全てに気付かないふりをして主のいなくなった部屋を後にした。









夜遅くに本部へと帰還したgTのセフィリアはとある部屋の前で足を止めた。微かな声が聞こえる。ここはもう空き部屋のはずだ。不思議に思いながら部屋へと入る。すると空っぽの部屋の窓際に小さく膝を抱え込むようにして座る彼女の背中を見つけた。ルルラと彼女は歌いながらゆっくりと体でリズムを刻む。その背中は、彼が隣にいた頃よりもずっと小さく見えた。


「こんなところにいると風邪を引いてしまいますよ。」


今の自分が彼女にかけられる言葉がこれぐらいしかないことに、セフィリアは胸を痛めた。


「…この歌、ベルーガに聞かせたいなって思って。」

「…そうですか。」

「帰ってきたら聞いてくれるかな。」


振り返った彼女の瞳には今にもこぼれ落ちそうな涙。月明かりがそれを照らしていて、とても綺麗だとセフィリアは思った。




□ ■ □





「ジェノスのヤローには会わなかったか。」

ストークタウンから本部に帰還したバルドリアスとクランツにgXのナイザーは声をかけた。


「なんだぁ。アイツもいたのかよ。」

「野暮用だとさ。」

「けっ、アイツも暇なこった。」

「…なら、俺らも暇人ってわけか。」


くちゃくちゃと噛んでいたガムを膨らまし、パチンと割った後にバルドリアスはようやくあの女をどこで見たのかを思い出した。そしてあの格好と場所に合点がいく。


「もう、一年も経ったんだな。」


ナイザーの呟きには誰も答えることはなかった。










彼に会いに来たのに土産話の一つも考えていなかったなと、墓石に話しかける彼女を見てジェノスは思った。


「きちんと話をするのは初めまして、かな?」


gZのジェノスは彼女と面識はあったが、彼女は憔悴状態だったのできっと覚えていないだろうと改めて挨拶をした。
ベルーガ・J・ハードと書かれた墓前に彼女はいた。黒いワンピースを着た彼女は、彼といた頃とも、彼を失った直後とも違った穏やかな雰囲気を纏っていた。
軽く自己紹介をすると彼女はジェノスをじっと見据えてから口を開く。


「…彼の最期、聞かせてもらえませんか?」


一年経ってようやく心に整理がついたの。そう言った彼女にジェノスは頷くとベルーガの最期を話し始める。仲間の命と引き換えにベルーガがターゲットを仕留めようとしたのを自分が阻止したこと。仲間は命を取り留めたが、それによってターゲットを逃し、潜入していた建物が崩壊したこと。そして崩れ落ちる瓦礫の中で、仲間の自分達を助けるために自ら犠牲になったこと。任務は遂行出来なかったが、自らの手を仲間(友)の血で汚さずにすんだと礼を言われたこと。全てを話した。
彼女はそれを黙って聞いていた。


「…彼は最期まで彼だったんですね。」


全てを話し終えると、彼女は一言そう言った。


「…責めないのか?」


ジェノスはそう口にした。何故彼を置いていったのかと、何故彼の任務の邪魔をしたのかと、責められるかと思っていたのに彼女は何も口にしない。


「いいえ。むしろお礼を言いたいくらい。彼、人一倍真面目だから任務の為って言って自分の心に傷がつくようなことでも平気でするもの。彼が最期まで彼でいられたのはあなたが止めてくれたからなんでしょう?」


それに、もし怒りたくても彼が感謝すると言ったことをほじくり返す気にはなれないわ。と彼女は笑った。


「ベルーガも、今日はお友達にたくさん会えて嬉しいでしょうし。」

「お友達…?」


きょとんとしたジェノスに対して彼女は笑って言った。



「黒いスーツの方が全部で6人。あなたで7人目。いい仲間(おともだち)をたくさん持ったのね、ベルーガ。」




20131016




あきゅろす。
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