13日の金曜日(トレイン)
アジトへ帰ると、スヴェンが華麗な手さばきで料理をしていた。
私は買ってきたケーキの箱を見てなんだかもやもやした気分になった。男のスヴェンが手料理で、女の私が買ってきたケーキってなんだか女子として負けた気がする。まあいいやと開き直って、引き出しから赤いリボンを取り出した。少しでも手を込めましたアピールをするために箱にリボンを結ぶのだ。世の女子よ、真似してはならんぞ。
ケーキの入った箱を赤いリボンで飾っていると、イヴが余ったリボンが欲しいと珍しく物をねだってきた。
「いいけど、何に使うの?」
「ちょっと待ってて。」
ひらひらと長いリボンをなびかせてリビングを出ていったイヴは5分もすると戻ってきてこう言った。
「なまえ、左手出して。」
「え?うん。」
左手を差し出すと小指にそのリボンを結び始めたイヴ。結ぶのが苦手なのか動きがたどたどしい。私にもそんな時期があったなと懐かしんでいるとイヴがポツリポツリと話し始めた。
「左手の小指にね、指輪をすると願い事が叶うんだって。」
だから、指輪の代わり。
そう言って笑ったイヴに私は何とも言えない気持ちのままお礼を言う。私って最近そんなに幸薄そうに見えたかな。私を気遣ってやってくれたのだとしたらなんて出来た子なんだ。
やっと出来た蝶々結びは少しよれて糸がほつれていたけれど、私のことを思って一生懸命にやってくれたものだと思うと嬉しかった。
「ね、なまえ。」
「なに?」
「赤い糸って信じる?」
「えっ?」
赤い糸だなんてそんな。
科学的根拠のないものは信じなさそうなイヴが赤い糸だなんて、そんなまさか、イヴにも思春期が…!いやいやいや焦るな私。そんなまさか。イヴに限ってまさか。……どこぞの馬の骨なんかに家の可愛い娘をやるもんか。
「この間ね、本で読んだの。」
そうか、本か。本ね。なるほど。本気でイヴが隣に連れてきた少年を追い出すシミュレーションを始めていたので、架空のその少年を頭の中から消した。少年よ、君の出番はまだないぞ。
楽しそうにスヴェンの元へ手伝いに行ったイヴを見て、私も心が軽くなった。
それにしても赤い糸ねえ。昔は見えないけど繋がってたりするのかななんて乙女なことも考えた。
まあ確かに赤い糸があって運命の人なんてのがいたら人生迷子にならずに済んで良さそうだなとか思うけ、ど……は?
結んでもらったリボンを見るとリボンのほつれた部分の糸が一本垂れ下がっていた。しかも、長い。その糸はリビングの外に続いている。まさか、そんなわけ…。
恐る恐る糸を辿ってリビングを出る。そういえば今日のラッキーカラーって赤だったな、なんて。辿った先には微妙な顔をしたトレインがいた。
「……。」
「……。」
気まずい顔をしたままこちらを見ないで欲しい。私だって混乱しているのだから。
「…あー、その、起きたらよ、手に何かついててさ、」
「…そうなんだ。」
お互いの口から乾いた笑いが漏れてしまった。なんだこれ、気まずいぞ。
可愛い妹よ、なんだこのイタズラは。赤い糸ってあれか。私とトレインが結ばれてるぜ、的なことを言いたかったのか。いやいやいや。仲間だからね。そんな雰囲気になったこと一度もないからね。第一トレインに失礼でしょう。伝説のイレイザーなんて言われてた人物と私なんぞがそんなんなったら失礼だってば。うん。にしても気まずい。
「あ、赤い糸で繋がれちゃったね。」
「……。」
場を和ますつもりで思いついたことを口にしたら逆効果だったらしい。トレインが押し黙ってしまった。そんな微妙な顔しなくてもいいじゃないか。防弾ガラスのようなハートの持ち主の私だって仲間にそんな顔されたら流石に凹む。ああもうどうしたらこの場を和ませることが出来るのか。何か面白いことでも言えば和むのかそれともご飯の話でも、
「ったく、姫っち余計なことしやがって…」
「えっ、ごめん今なんて言った?」
とにかくこの場を和ませたくて、色々思案していたらトレインの言葉が聞き取れなかった。ごめん、聞き返しちゃって。
「なんでもねェよ。」
半笑いで気にすんなって言われたって気になるじゃないか。まさかトレインもこの場を和まそうと思って一発ギャグ的な何かを言ってくれていたのかもしれない。だとしたら私はなんて失礼なことをしたんだ。ギャグを聞き返されるときついよね。だよね。
「…俺は今日よりもっと前から赤い糸、見えてたけどな。」
理解するのに数秒遅れてしまった。
また場を和まそうとした冗談なのだろうか。だとしたら私にはレベルが高すぎる笑いだ。第一笑いどころがわからない。最近のドラマの名ゼリフか何かだろうか。それにトレインは真顔だ。若干照れているようにも見える。恥ずかしがるならギャグなんて言わなきゃいいのに…いや待て。そもそもトレインって頑張ってまでギャグを言うような人間だっけか。いや絶対に違う。確実に自分が面白いと思うようなことしか言わないよな。うん。
…あれ?そういえば、今日より前って、イヴったらそんなに前からトレインにイタズラしてたのか。なんて小悪魔。将来が楽しみである。まあ、イヴの将来は置いといて、今までトレインはイヴにこのイタズラを受けていたのだとしたら今日は何回目なのだろうか。誕生日前にこんなやつに結びやがって畜生という意味で最初に微妙な顔をしたのかもしれない。きっとそうだ。とりあえず謝っておこう。
「えっと、その…なんかごめん。」
そう言うとトレインはまた微妙な顔をした。今度は眉が下がっている。その上決まり悪そうに首を掻いている。えっ、何か空気読めない発言でもしたのだろうか。やっぱりギャグだったのだろうか。笑うべきだったのか。今からでも笑うべきか否か。
「…だよな。俺こそごめんな。なんか勘違いしちまって。」
ちょっと待て。だよなってどういうことだ。勘違いってなんだ。あれ私、言葉も理解出来てない?うわ、なんか申し訳ない。ごめんねトレインこんなのが仲間で。
「トレインは悪くないよ!その、私が悪いんだ。トレインは素敵な人だと私思ってるし、人として尊敬出来る部分もあるし、その、私が悪いというか、不出来というか、申し訳ないというか…。ええとその…とりあえず誕生日おめでとう?」
もうなんていったら良いのやら。
もにょもにょと語尾を濁してとりあえずまとめとしておめでとうと祝ってみた。投げやりな私の言葉にトレインはハッとした顔で私を見た。
「なんだ、ごめんってそういうことかよ。てっきりダメなのかと思っちまったじゃねェか。」
なんだって、どういうことだ。ひとりで納得して楽しそうに笑わないでほしい。私なんか半笑いだぞ。
「お前は不出来なんかじゃねェよ。自分を卑下しすぎだ。もっと自信持て。」
「あ、ありがとう…。」
「俺は他人の評価なんて気にしねェ。お前がお前でいてくれればいいんだよ。」
今まで見たこともないような優しい顔でトレインが笑って優しいことを言うものだから不覚にもクラッときてしまった。いや、不覚にもは失礼だ。トレインはモテる部類の男なんだから私なんぞがそんなことを言うなんて。
「ありがとう…。その、えっと、プレゼントなんだけど…」
「おう、」
「赤いリボンの……食べて欲しいんだ。」
あまりにもトレインがじっと見てくるもんだから私もらしくなく照れてしまって、左手小指についた赤いリボンの指輪をいじりながらなんとか赤いリボンのついたケーキの箱を目でさした。
「なっ…!」
耳まで真っ赤にしてトレインは私にマジで言ってんのかと聞いてくるので、私にまで赤面が伝染した。マジですと答えると、マジかよ…とトレインが赤い糸のついた左手で口元を覆った。えええ私がケーキ買ってくるのそんなに意外だった?
「そんなに意外?」
「意外っつーか…うん。意外だわ。案外積極的なんだななまえって。」
「そう?」
「そりゃびっくりするだろ。いきなり言われたら。…嬉しいけど。」
トレイン的には誕生日にいきなりケーキあげちゃダメらしい。事前報告しなきゃいけないのか。カロリー的なことなのか、それとも腹の空き具合なことなのか。…きっと前者だろう。この間スヴェンにも肉だけじゃなくて野菜も食えって怒られてたし。
「わかった。今度からは前もって言うようにするね。」
「お前どんだけ準備いいんだよ…。」
「トレインだって安心して食べられる状況のほうがいいでしょ?」
「いやまあそうだけどよ、っつーか食べるって言い方…いや、あながち間違いじゃねェけどよ、」
「…よくわかんないけど、来年からはケーキ予約した時点でトレインに伝えるね。」
「は?ケーキ?」
「えっ?ケーキ…?」
あー赤いリボン、リボンの…あーそうか。おめでとう…ケーキ…そうかなるほどそうか。食べるってそうか、そうだよな、ケーキだよな、そうか…。
顔を覆って俯いたトレインの左手小指からダランと私の左手小指まで垂れ下がる赤い糸ならぬ赤いリボン。
えっ、ケーキの箱だけど中身がまさか肉だと思ってたとか。えっ、そんなまさか。いやでも確かに私、何を食べて欲しいって言わなかったよね。目でさしただけじゃ伝わらなかったのかもね。うんきっとそうだ。うん。ごめん。
そろそろ邪魔になるからイヴには悪いけどこの赤いリボン切らない?そう言うとトレインは相変わらず俯いたまま、そうだよな、なまえだもんな、うん。何も理解してねェよな。じゃあ俺が喜んでたのはぬか喜びってやつか。そうか。なまえだもんな。仕方ねェ。とあまりにも失礼なことを言うので来年のプレゼントはケーキの箱にいれた鰹節にしようと心に決めた。
そんなに私との赤い糸が嫌なら最初から千切ってくれればいいのに。一瞬でもときめいた私がバカだったわとボソっと言った瞬間トレインがものすごい勢いで立ち上がった。その勢いで引っ張られた赤い糸はハサミを取る間もなく千切れた。
2012.04.13
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