unchained hearts(復活)


五月四日、午後六時十二分。
あと数時間であの日がやってくる。あの、忌わしい日が。





雲雀はボンゴレ本部にて草壁と、その他の元風紀委員を連れて沢田綱吉の部屋を目指していた。群れるのを嫌う雲雀がなぜ、こんなにもゾロゾロと部下を連れているのかというとそれは書類に関係があった。


「お…重てぇ…。」


部下の一人がそうこぼせば手ぶらの雲雀はぴたりと立ち止まり、鋭い切れ長の目でその人物を睨みつけた。その人物がヒッと声を上げたのを目にすると、もうどうでもいいやという態度でさっさと歩き始める。その様子に草壁は気づかれないように小さくため息をついた。

何故か雲雀恭弥はこの時期、本部に近づくことを酷く嫌う。普段はそれなりにこなす、書類の提出や任務の資料の受け取りを草壁に全て任せ、自分は本部から離れた自宅に籠るか、任務に繰り出すか。ボンゴレボス――沢田綱吉も彼と十年来の付き合いなのだから多少は大目に見る。しかしそれも去年までだ。何故か今年はその雲雀の症状が悪化し、会議や呼び出しにすら応じなくなってしまった。そんな雲雀恭弥をあの手この手を尽くして(その結果がこの書類の山)ボスは強制的に雲雀を本部に呼び出したのだ。お陰で今日の雲雀恭弥の虫の居所は最悪。いったいボスはどのようにして、この方と話すつもりなのだろうか。草壁はまた小さく息を吐いた。












* * *











「あのさ、会議くらいは出てもらわないと困――」

「僕は困らないけど。」


その強情な様子に綱吉は嘆息した。どうやら彼を説得するのは難しいらしい。並んだ山積みの書類をデスクの端に寄せながら、綱吉はソファにどっかりと座った彼を見やる。

「じゃあ質問を変えるけど、」

その言葉にすら興味がわかないらしい雲雀に、少しムッとしながら綱吉は続けた。

「どうして本部に近づかない?」

ぴくり、と小さく彼が反応を示す。ほんの一瞬だけのこと。けれど綱吉はそれを見逃さなかった。

「それにどうしてこの時期……あ!」

そこであることに気づいたのだ。今日は五月四日。明日は五月五日。そう、彼、雲雀恭弥の誕生日なのだ。ボンゴレ内では守護者の誕生日が近付くと、その守護者を祝うためにパーティーを開くならわしのようなものがある。それを行うのは本部の第二広間。準備は念入りに行われるため、守護者の生誕の一週間前後はそれで慌ただしくなったり、今年はどのような装飾なのか、どのような祝い方なのか、などを当事者本人に隠すためによそよそしくなったりするのだ。もしかして彼はそれを気遣って…。なんだ、可愛いところもあるじゃないか。と思ったが綱吉はすぐにその考えを否定する。彼に限ってそんなことあるわけがない。いや、あったら困るのだ。その失礼な考えを読んだのか、雲雀は綱吉を睨みつけた。

「とにかく!会議だけは出てほ――」

「おーツナ、邪魔するぞー。」

ここがボンゴレボスの部屋だと言うのに何の遠慮もなく締まりのない笑みのままズカズカと入ってきたのはキャッバローネのボス、ディーノだった。

「ちょっと!ディーノさん今話し――」

「お!恭弥じゃねぇか!ひっさしぶりだなぁ。お前元気にしてたか?」

立ちあがってディーノを追い返そうとした綱吉だったが、あまりにも華麗に話を遮られるので諦めてもう一度静かにデスクワーク用の椅子に腰を下ろした。雲雀はディーノに会えたことを喜んでいるというより、むしろ煙たがるように彼を一瞥した。


「ツナに聞いたんだけどよ、お前本部に近づかないらしいじゃないか。どうしたんだよ?」

少しだけ締まりのない顔を引き締めて言ったディーノに綱吉は少し期待をした。師弟関係に近い二人だ。流石の雲雀でもディーノの質問にくらいは答えるだろう。しかし雲雀は誰が見ても分かるほど面倒くさそうにその質問に答えたのだ。

「別に。」

綱吉はがっくりと肩を落とした。ディーノで無理なら一体誰がこの人物を説得出来るのか。綱吉にはそんな人物、一人も浮かばず、気分も落ちていく一方だった。

そんな中、ディーノは再びニッと笑ったあと、今日はツナに紹介したいヤツがいるんだと言って、綱吉の返事も聞かずに半開きになったままの扉に声をかけた。
綱吉はため息をつく暇もなくげっそりとした表情で扉を見つめる。そして、ゲッと声をあげた。

「…何よ、失礼ね。」

入ってきたのは長身の女性。ピンと張った背筋に、ややつり目。女性らしい体のラインが黒のパンツスーツのお陰でより際立っていた。「フン、相変わらずね。」と言った彼女は綱吉の記憶では黒のショートヘアであった。しかし今はストンと腰まで伸びている。彼女のストレートな髪が、彼女の性格をより際立たせているように綱吉には思えた。

「な、なんで…。」

彼女に対して綱吉は良い思い出がない。
綱吉と彼女が出会ったのは十年も前の話。始めの頃は彼女のその容姿と猫をかぶった性格に騙されて惹かれつつあった綱吉であったが、突如として彼女は猫をはがしたのだ。あっさりと。その理由は簡単だった。単に綱吉は利用されていたのだ。彼女の恋のかけ橋に。
彼女の本性や恋心を知った時は驚愕だったが、利用されていいようにこき使われたのも今となっては良い…いや、悪い思い出。むしろ悪夢だ。彼女に惹かれていたなんて、恐ろしい。綱吉はぶるり、と震えた。


確か去年…と言いかけて綱吉は口をつぐんだ。ちらりとディーノを見ると彼はその視線を優しく受け止める。そして女に目配せをすると、彼女は面倒くさそうにふう、と息を吐き綱吉の前へと歩み出た。

「先週からボンゴレの諜報部に勤めさせて頂いているなまえです。よろしくね、ボス。」

それだけ言うとニッと嫌味を含んだ笑顔を見せて、なまえは綱吉に手を差し出した。
そういえばそんな書類に判を押したかもしれない。今度からは書類の隅から隅まできちんと目を通そうと堅く誓った綱吉であった。
差し出された白い手をまじまじと見つめるボンゴレボス。早くしろと言わんばかりの笑顔で綱吉を見つめるなまえ。そして綱吉が恐る恐る手を差し出す。その時だった。


「…なまえ?」

先ほどまで不機嫌そうに座っていた雲雀が声を発したのだ。しかも、退出を願い出る言葉ではない。初対面のはずの彼女の名を呼んだのだ。珍しく驚いたような表情をして。

その声に初めて綱吉とディーノ以外の人物がこの部屋にいたことに気づいたなまえ。気づかないのも無理はない。何せ無駄に広いボンゴレボスの部屋。雲雀が座っていたソファは扉から右手にあったのだ。そして綱吉のデスクは扉の左手。キョロキョロと周りを見渡しでもしない限り、黙っていた雲雀恭弥の存在に気づくのは難しいだろう。
部屋の奥にいる黒髪の青年を見つけたなまえは端正な眉をよせた。

「ディーノ、あれ、誰?」

ディーノに小さく問うなまえにディーノは苦笑した。自分の上司かもしれない人物に対して、あれと言える辺りがなんともなまえらしいと思ったのだ。

「雲雀恭弥。雲の守護者だ。」

守護者、と聞いた彼女は「へぇ。」と言いながらヒールを鳴らし、興味深そうに彼に近づく。雲雀は目を見開いたまま、彼女を見つめる。カツン、と雲雀の前で止まる足音。なまえは口を開いた。

「諜報部のなまえと申します。以後、お見知りおきを。」

綱吉の時とは違い、美しく微笑んで頭を下げたなまえにディーノと綱吉は苦笑した。かつての自分たちもこの猫かぶり女にまんまと騙されていたことを思い出したからだ。しかしなまえは顔をあげて、ある異変に気づく。雲雀恭弥の表情が険しい。少し離れた場所にいるディーノや綱吉にはなまえが陰になっているのでその様子は伝わらない。


「…覚えてないのか?」

薄い唇が微かに動いた。それを聞き取ったのは近くにいたなまえだけ。雲雀のその質問に対してなまえは首をかしげた。その様子を見て雲雀は耐えきれないといったように、くつくつと笑い始めた。なまえは何か気味悪いものでも見るかのように雲雀を見つめた。


「沢田綱吉。」

すっくと立ち上がった雲雀はなまえに目もくれず綱吉を呼んだ。

「帰らせてもらうよ。」


有無を言わせぬ彼の物言いに、綱吉は彼を目で見送ることしか出来なかった。しばしの沈黙。それを破ったのはなまえだった。




「何あれ。信じらんない。」

自分の色仕掛けに何の反応も示さなかった雲雀の態度に対し、心外だと言わんばかりに彼女は言った。それを、まあまあと宥めるのはディーノの役目。それを見た綱吉は思い切って二人に訊ねることにした。

「二人って…別れた、んだよね…?」

その質問に対し二人はぱちくりとまばたきをして、お互いに見つめ合う。お似合いだなぁなんて、今更だろうか。

「ああ。」

答えたのはディーノ。なまえはどこか気まずそうに目を背けた。

「なぁ、ツナ。」

大きくまばたきをした後、ディーノは綱吉に呼びかけた。綱吉は聞き入る態勢に入る。勘の鋭い彼女は彼が何を言うか察したのだろう。

「ちょっと!ディーノ!」

なまえは彼を止めようと腕を掴んだ。けれどディーノは聞く耳を持たない。そのままゆっくりと口を開く。

「実は、」

あまりにも衝撃的なディーノの告白に綱吉は絶句した。まさか、嘘だろう。だってそんなの…。そう綱吉が抗議してもディーノはただ諦めたように笑うだけ。珍しく俯いた気の強い彼女を見つめるが、その表情は長い髪が邪魔をして見えなった。


「頼む、ツナ…――」


“助けてくれ。”

そう言ったように綱吉には聞こえた。ディーノの隣では、相変わらずなまえが顔を伏せていた。強く手を握り締めながら。

「恭弥にはこのこと、黙っていてくれないか?」

綱吉は深く頷いた。ディーノは安堵したように表情を緩ませる。なまえはブレスレットのついた左腕を抱え込んで、ただただ俯いていた。




20100609

中途半端に終わっているのは故意的にでもあったりします。
五月五日の委員長の誕生日に合わせて桜桃さんにドッキリプレゼントしようと思っていたお話。書いてるうちにどんどん長くなって結局仕上がりませんでした。もはや誰夢かすらわからないという。頑張れば長編にでもなりそうですよね。


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