小説という名の日記C(栞機能無し)
6
だが王子はそうしなかった。
この村に足を留めた。
この村にはあれほどに会いたいと願っていた従者がいた。
従者は病に臥していた。
あとひと月も保たない身体。
この村に辿り着くまでの不規則な生活が従者を蝕んだという。
あとひと月も保たない。
それを知った時、王子は唇を噛み締めて泣いた。
漸く会えた愛する人の運命。
法律によって引き裂かれ、今度は病によって引き裂かれる。
その運命に、何とも言いようのないやるせなさを感じた。
そして王子は決意した。
従者の残りの生命、最期まで見届けよう。
傍で従者の最期を見守ろう。
村の者と配下の者に固く口止めをした。
事情を話し頭を下げる。
頼む、最期くらい傍に居させてくれ。
一国の王子が民や配下に頭を下げる。
それは前代未聞とも言えることで、民や配下は驚いた。
決して誰にも言いません。
傍に居てあげてください。
慌てて口々にそう約束するほどだった。
余命一ヶ月を切った従者の傍で、王子はいろんな話をした。
何故女性を紹介したか、その理由も語った。
従者もいろんな話をしてくれた。
体調が優れないながらも、ゆっくりと弱々しい声で語ってくれる。
従者の夢も語ってくれた。
あなたと何時かセリルを見に行くのが夢だった。
辺り一面に咲き誇るセリルをあなたと一緒に見てみたかった。
セリルとは隣国の或る地域にしか咲いてない花。
隣国でも見たことがない者は多く、当然王子も従者も見たことがない。
その花を見た者は幸せになれる。
そんな噂が立つくらい稀少な花。
確かにその花を二人で見れたらどんなに幸せだろう。
だがその夢は叶わない。
従者の身体ではこの村から出て行くことも、家から出ることさえも出来ない。
夢を語る従者の命は儚かった。
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