小説という名の日記C(栞機能無し)
2
年月は同性の恋人に否定的だった彼女の心も変えた。
まだ目覚めると信じていた頃、麻人の母親は櫂の存在に顔を顰めていた。
たった一人の息子の恋人が同性だなんて。
それでも櫂は時間さえ空けば、麻人の元に通い続けた。
回復が絶望的だと知りながら通い続ける。
そんな櫂を何時しか彼女は静かに出迎えるようになり、軈て気遣うようにもなっていった。
信じて待つ。
それは簡単なようでいて簡単でなかった。
確実に何かが磨り減っていった。
同じ待つ者同士、顔を合わせる度に何とも言えないものが胸を過ぎった。
疲れたの。そう呟いた麻人の母親の表情が翳りを帯びる。
いっそこの子と一緒に・・・。
思い詰めた声音。
中途半端に期待させるような返答は、今となっては櫂にも出来ない。
言葉に詰まって麻人を眺めれば、其処には変わらず目を閉じたままの彼が居た。
あと三年。
知らずに漏れた声は、麻人の母親に聞こえたようだった。
え?と聞き返してくる彼女に、あと三年待ってください、と微かに零すと、彼女は黙ったまま麻人の寝顔を見つめていた。
あと三年で麻人は四十歳になる。
人間の平均寿命の半分が四十歳。
それだけ生きればもう何も言わない。
もしも麻人が四十歳を超え目覚めたとしたら。
それから?それからどうなる?
若さを疾うに失って目覚めても、今更出来ることは?
目覚めて直ぐに動ける訳でもないし、働ける訳でもない。
何十年と眠っていた間に、世の中も、麻人を取り巻く環境も、何も彼もが変わっている。
目覚めた麻人を、麻人の母親はこれからも支えていかなければならない。
櫂も麻人を支えて生きていかなければならない。
支えていくには二人とも疲れ過ぎていた。
それでも。
それでも、と思う。
あと三年。
あと三年はこうして麻人に会い、目覚めない麻人の顔を見つめていようと思う。
翳りを帯びた麻人の母親の横顔が疲れ切っている。
あと三年と言った櫂の言葉を、彼女はどう受け止めたのだろう。
疑問は問い掛けにならず、櫂も再びベッドへと視線を向けた。
其処には、矢張り全く目覚める様子がない麻人が眠り続けているだけだった。
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