小説という名の日記B(栞機能無し)
32
陽也から貰った連絡先は泰造の宝物になった。
萎びた手で紙切れを丁寧に伸ばす。
それは失くせない大切なもの。
連絡先を買ってきた写真立てに入れる。
そして電話の後ろに立て掛けた。
本当は飾り棚に飾ろうと思ったが、電話を掛ける度に写真立てを取り出さなければならなくなる。
連絡先は泰造にとってとても大事なもの。
飾り棚にはごちゃごちゃといろんな物が置いてある。
取り出す度に他の物に当たり、写真立てに傷が付くことを恐れた。
早速電話を掛けてみる。
外は暗く、疾くに学校から帰っている時間。
この時間なら迷惑にならないだろう。
暑さを疾うに過ぎた季節だというのに、緊張で手に汗が滲んでくる。
陽也と会ってから、手に汗が滲むほどの緊張が何度あったことか。
電話を掛けるという単純な行為でさえ緊張する。
「はい」
透き通った声が聞こえてきた。
陽也の声に安堵した。
柔らかなその声が、泰造の緊張をやんわりと解きほぐしてくれる。
「津金だが、早速電話したけど迷惑だったろうか?」
迷惑なんて思ってないよ。
反対に嬉しいかな。
俺も電話しようと思ってたから。
昨日連絡先を交換したばかりだと言うのに、陽也からも電話しようとしてくれていたのかと思うと、胸に温かいものが込み上げてくる。
陽也が泰造を気に掛けてくれたという事だ。
例え友達としての付き合いでも、その優しさが心に染みてくる。
陽也と話している。
その事実に自然と笑みが浮かんできた。
早速陽也は泰造の声の異変に気付いたようだった。
風邪?と心配げに問うてくる。
泰造は前以て用意していた台詞を告げた。
「風邪じゃない。気管支が弱くてしょっちゅう喉が嗄れるんだ。よくあることだから心配は要らないよ」
そうなんだ。
よくあるんだったら大丈夫なのかな。
でも風邪じゃなくてよかった。
陽也の気遣いが嬉しくて、つい冗談混じりに本音を漏らした。
「陽也君は学校でも人気者なんだろうね」
ふふ、いきなり何それ。
俺、人気ないよ。
目立たないし、恰好良くもないし。
その擽ったそうな声が心地良い。
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